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カテゴリー ダメダメ家庭は立派な言葉が好き
配信日 03年11月26日 (10年3月24日,11年2月7日 記述を追加)
タイトル 早く大人になれ! 
このメールマガジンで何回も書いていることですが、たとえ周囲から「立派に見えて」「受けがいい」言葉でも、相手のTPOを考慮しないと、とんでもないことになってしまいます。
今回もそんな立派な言葉を取り上げましょう。
「早く大人になれ!」です。

言っている相手が20歳を過ぎていたら、その言葉も言われてもしょうがないでしょう?
成人式で暴れたりしたらねぇ・・・そりゃ、言われちゃうよね。
しかし、言っている相手が5歳だったら?
そうなると、ことは簡単ではないでしょ?
5歳の子供に「もうっ!早く大人になってよ!」と言うこと。
これはどのような結果につながってしまうの?

一般的に自分の子供が成長していくことを見守ることは、親として楽しく、充実感が得られると感じている人もいるでしょう。
自らの手で子供が成長していく・・・その喜びもあるでしょう。
しかし、別の考え方もあります。

子供は大人の不完全体であって、つまり欠陥品である。大人になることには、その欠陥が修正されることである・・・論理的には、そのように考えることもできるかと思います。
別の言い方をすると、子供の成長というものを加点法的に捉えるのか?
それとも、大人の減点面が修正されるという形で、いわば減点法的に、子供の成長を捉えるのか?
それは、一概には言えないでしょ?そして、片方が間違っているとも言えない。

子供の減点面というか欠陥面は、実際として色々とある。
何と言っても、子供は自分では生活できない・・・経済的にも、その他の面においても。
だから、親にとっては手間がかかる存在といえます。
親たるものが自分の子供に向かって「早く大人になれ!」と要求することは当然の権利といえるでしょ?それは、「オマエの欠陥を早く直せ!」と言うことになりますので、権利というよりも、親の義務の範疇に属することとも言えるくらい。

自分自身で考え、他の人間に頼らず、すべて自分自身で処理する。大人というものはそのようなことができるものです。それが一人前ということですよね?
だから「大人になれ!」という言葉は、「知性を磨け!」とか「体を鍛えろ!」という意味よりも、「私に手間をかけさせるな!」という意味を持つといえます。

子供に対し、もっと身体を鍛えることを要求する場合には、「もっと、身体を鍛えなさい!」という直接的な言葉になるでしょ?子供に対し、大人並みの体力を持つように要求する際には「大人になれ!」とは言わないでしょ?同じように、大人なみの教養を持ってほしい場合には、「もっと知識を付けなさい!」という言葉になっても、「大人になれ!」とは言わないでしょ?
身体的な面においても、頭脳の面においても、加点法的に考えている場合には、「大人になれ!」とは言わないわけです。
実際に、「大人になれ!」という言葉は、発想なり視点が、減点面を向いている時に使用される言葉でしょ?
じゃあ、「大人になれ!」という要求は、子供のどんな点が、特に不適であり、減点としてみなされているの?

大人には大人の事情があるもの。
「そんな『大人の事情』に理解のある人間になれ!」
「早く大人になれ!」という要求にはそんな意味があるでしょ?
しかし、その「大人の事情」って、別の言い方をすると、まさにコレ。
裸で威張っている王様を見ても、「あの王様はハダカだ!」と「言わない」配慮でしょ?
実際に大人だったら、そんなウソも方便と言えるでしょう。まあ、そんな配慮も、生きていくためには必要にもなってくる。いわゆる必要悪というヤツ。
その必要悪に配慮するのが、まさに「大人の事情」でしょ?
しかし、子供の頃からそんな方便の世界に生きていたら、どうなっちゃうの?
自分に正直な日々は、いつ体験できるの?
そんな日々だったら、自分自身の自然な感情を抑えたり、あるいは自分を騙す技術が向上するだけ。自分を騙し続けてしまうと、当然のこととして、生き生きした感情もなくなってしまって、生きる実感とは無縁になってしまう。

「子供体験」は子供時代にしかできないのに対し、「大人体験」は大人になっても十分体験できるでしょ?
「しっかりした」子供・・・つまり「子供体験」の欠落した子供は、本当の意味での大人にはなれないわけです。大人というものは子供体験を経た後で、初めてなれるものなのですからね。
特に子供時代にしか習得できないのは「甘える技術」と言えます。あるいは、周囲に「手間をかけさせる技術」とも言えるでしょう。
マトモ家庭の子供だったら自然に甘えることができる。だって、親が甘えさせてくれるわけですからね。
しかし、ダメダメ家庭においては、親は「早く大人になれ!」と子供に要求するだけで、子供としては周囲に甘えることはできない。

「甘える」ことをしない「しっかりした」子供は、周囲から誉められてしまう。
「まあ〜、○○ちゃん・・・いつも、しっかりしているわねぇ・・・」
こうなると、そんな誉められた子供は、ますます甘えることができなくなりますよね?
そうして、大人の分の苦労や配慮を背負い込んでいき、ますます身動きが取れなくなってしまう。つまり、子供に対する、そんなホメ言葉は、実質的には誉め殺しなんですね。
いわゆる「アダルト・チルドレン」なるものも、子供体験が欠落した「しっかりした」子供の「成れの果て」なんですね。

「ジャングルはいつも、ハレのちグゥ」という比較的最近のアニメでは、この「子供が子供である難しさ」というものがテーマでした。子供が子供でいられないことは、非常に「よくある」事例と言えるわけです。そのアニメでは「子供は子供だ!」というセリフが執拗に繰り返されていました。
「子供は子供だ!」ということが、主張しにくい社会・・・それが今の我々の社会でしょうし、ダメダメ家庭は、その面が特に強いわけです。

また、ダメダメ家庭においては、「早く大人になれ!」と、子供に対して直接的に言ったりすること以外にも、自分の子供を「早く大人にする」ために、「子供っぽい」遊びから遠ざけることもあります。

子供っぽい遊びは往々にして、現実の世界からは遠いもの。一般的な美徳としては、親たるものは自分の子供を現実の世界に向けることが推奨されますよね?
ですから「幼稚な遊び」「現実無視の遊び」「現実逃避の遊び」あるいは、「現実離れした物語り」・・・ダメダメ家庭では、このようなものを否定したりするものです。

否定の仕方は山ほどあるでしょ?「一体、いつまでそんな幼稚なことをやっているんだ!」とか「いつまでマンガのようなものを読んでいるんだ?」とでも言えばいいでしょう。そんな説教を受けて、『子供時代くらい子供の遊びをさせてよ!』と反論できる子供は皆無でしょう。もしそのように子供から反論されれば、ダメダメな親としては、「まったく働きもせず、この子は・・・手間ばかりかけて・・・」そして「早く大人になってほしいものだわ!」と、更に嘆くだけ。

そのような嘆きをする親は、無邪気さとの付き合い方ができない。
子供らしさとの付き合いができないわけです。
そのことは、自分の子供との付き合いがぎこちないということ以前に、自分の子供時代との距離感が確立できていないんですね。
自分の子供時代を思い出すだけで不快になってしまう。
だからこそ、自分の子供が子供らしくしていると、対処ができないわけです。
実際に、自分の子供に対して「早く大人になれ!」と要求する親は、自分の子供時代について何も語らないものでしょ?
自分の子供時代について思い出したくもない人間が、子供を子供らしくできるわけがないじゃないの?

子供時代に子供体験をしなかった人間は、本当の意味で大人になることができないだけでなく、現実の社会の「ふつう」の構成員とも発想が全然違ってきてしまいます。
何と言っても「甘える」ことができないわけですので、人とのコミュニケーションも問題が発生してしまう。
自分の言っていることを理解してもらっていることを確信することは、甘えとも言えるでしょ?
「アイツはボクの言っていることを全く理解していないんじゃないか?」
甘えを知らない人間は、このように常に人を疑わざるを得ない。
こうなると、人との間で信頼感を構築することができなくなってしまう。
「信頼感」と「甘え」って、心理的にはそれほど違いはないでしょ?
それこそ、双方とも「いざとなったら、アイツがなんとかしてくれる。」そんな感情でしょ?
それは甘えであり、それを意識的に認識すると、信頼といえるのでは?
だから、周囲に甘えられない人間は、本質的には、周囲の人を信頼してしないわけです。

だから、具体的な人間ではなく、抽象的な存在といえる法律とか政府機関を頼ってしまう。
トラブルがあると、スグに警察なり弁護士が登場してしまう。
あるいは、会社などの仕事において、人に仕事を頼むことだって、一種の甘えですからね。
このようなことができないと、仕事をすべて自分ひとりでやらないと気がすまない人間になってしまう。
これではストレスも溜まりますし、能率が悪くなってしまいますよ。

このように「子供時代」の空白は、コミュニケーションに多大なダメージを及ぼすわけです。それに子供時代は、安心感の原体験をする時期でしょ?
その時期に、周囲のサポートがなく、安心感の原体験をしていないと、本当の意味で、安心感に到達することはありませんよ。
だから常に不安感にさいなまれることになる。

それを埋め合わせようと、巨万の富を使って「ネヴァーランド」を作って、子供たちと一緒に「お子様ごっこ」をやってみても・・・心の空白は埋まるわけがないでしょ?
まあ、お気の毒ですが・・・

(終了)
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発行後記

マイケルさんの事件について色々と言われているようてすが、マイケルが子供体験のない人だということは確実でしょう。多分そのように見ていらっしゃる方も多いのでは?

ちなみに前回の、ブーイング必至のネタ「配偶者が子育てに非協力的と嘆く。」でやっぱり即効解除なさった方もいらっしゃいました。
私は別にいいのですが・・・
ただ、子供の視点で見てみると、どのような結果につながるか?それほど突拍子もない内容ではなかったはずですが。

では、今後ともよろしくお願いいたします。
R.11/2/7