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カテゴリー やり取りと距離感
配信日 04年7月21日
タイトル 孫と疎遠になる
世の中には多くの種類のアクセサリーがありますよね?
プラダのバックとかロレックスの時計とか・・・
アクセサリーというくらいだから、本来は必要なものとはいえないわけですが、格好を付けるために身に着けたりしますね。
まあ、そのようなアクセサリーの好みは人それぞれ。

しかし、最高のアクセサリーは何?
それは若い女性だったら、イケメンの男でしょうし、若い男性にとっては美人の女性でしょう。
どんなに高価なアクセサリーを身に付けていても、一緒にいる「連れ合い」の見た目が悪かったら、「決まらない」よね?

これが、若い人にとっては、そのような美男美女が最高のアクセサリー?なんでしょうが、歳を取ってくるとそうは行かない。
おじいさん,おばあさんが若い美女や美男をはべらせていたって、「決まらない」。
むしろ白い目で見られるのがオチ。

歳を取った人にとって最高のアクセサリーって何?
それは孫ですよね?
「おばあちゃん!おじいちゃん!」とまとわり付いてくる孫。ちょっと鬱陶しいところもあっても、かわいい存在。
どんなにブランド品でピシッと身を固めていても、60歳台の女性が一人でいるよりも、そこそこの服装でも孫を連れて歩いている姿の方が「さま」になりますよね?

ダメダメ家庭では、このような孫を連れて楽しげに歩く風景とは無縁になりがちです。
大体において、子供も結婚しなかったりする。
「結婚して人生を棒に振った!」とグチを親から聞かされ続けて、自分自身の人生も棒に振るために結婚するの?
あるいは結婚しても子供は作らないことが多い。
だって、「オマエを育てるために人生を棒に振った!」と、親から言われ続けたわけですから、自分自身の人生を棒に振るために子供を作らないでしょ?

そんなダメダメ家庭では、たまたま孫が出来たとしても、その孫とは疎遠になってしまう。
だって、孫の親といえる自分の子供と仲がいいわけでもなく・・・そもそも小さな子供が好きというわけでもなく・・・孫と言っても、本当に単なるアクセサリーとしての位置づけどまり。
皆が付けているから、私も欲しい・・・そんな程度の発想と言えるわけです。ダメダメ家庭でおなじみの、いわば「ふつう」願望ですね。
だからもし、孫が遊びに来たとしても、その孫をかわいがるわけでもない。
周囲に「孫がいる」というアリバイを見せるだけに終わってしまうわけです。

孫の方も「孫の義務」として、祖父母と面会しても楽しいわけもなく・・・祖父母と孫の「面会」は事務的に終わってしまうわけです。
ダメダメな祖父母の方は、「世の中そんなもの」「これがふつうの孫との交流だ。」と達観している状態ですが、さすがに孫はそうは行かない。
祖父母と面会しても、お小遣いがもらえるわけでもないし、ヘタをすれば気を使うだけ。
あるいは、そんな面会の後では、親の側が機嫌が悪くなることも多い。
そうなると、結局は孫の方も「おばあさんに会いたい!」なんてことを言わなくなってしまうわけです。

結果的に孫とは疎遠になるわけ。
疎遠になってしまった祖父母の方としても、お互い会って楽しいというわけでもありませんから、心情的には全然問題ない。しかし、周囲から「孫のいる光景」をたまたま見せられると、突然「ふつう」願望が疼いてしまう。
私もあんなアクセサリーを付けて歩こう!世間体もいいし・・・

思い立って、子供に電話することになる。
「アンタ、孫を連れて遊びに来てよ!」
そう言われても、もともと会って楽しい間柄ではないし、実際に会っても、やっぱり楽しく思うこともないので、結局はドンドン疎遠になるだけ。プラダのバックなら買ってあげることもできるけど、子供は人間ですからね。イヤイヤ連れていくのも非人道的でしょ?

「むずがる」自分の子供に命令して、孫を連れだすことができても、その孫は「おばあちゃん!おじいちゃん!」と楽しげにまとわりつくわけでもなく、むしろ微妙な緊張関係が漂っている状態。本当に無言のアクセサリーでしかないんですね。

電車とかに乗っていると、たまに見かけますよね?
服装はパリッとしていて、お化粧もソツがない年配の女性が一人で乗っているケース。
そのような人の顔を見てみると面白いですよ。
近寄りがたい雰囲気を漂わせていますもの。

そのような年配の女性が、結婚していないのか?結婚していても子供がいないのか?孫がいないのか?孫がいても寄り付かないのか?
色々なケースがあるでしょう。

しかし、やっぱり人間はある程度歳をとったら、性格が顔に出てしまうもの。
大人だってビビってしまうような、近寄りがたい雰囲気を持っているんだから、子供は寄り付きませんよ。

祖父母と孫の関係は、その家庭の結果が何重にも重なって出来たものですので、その家庭の内情を判断するのに、便利です。
祖父母に対し妙に遠慮する孫とか・・・そんな姿は、ダメダメ家庭ではおなじみといえるでしょ?

勿論のこと、確かなポリシーがあって当人自身が子供を作らなかったり、結婚しなかったりするケースはあるでしょう。そんな事情だけでなく、身体的な制約のケースもありますね。事情なり判断は人それぞれ。しかし、そんな明確な事情や判断がある人の顔は「あんなにも」近寄りがたい顔にはならないんですね。

世の中において、「孫が遊びに来てくれない。」というグチは、グチっぽいジジババにとって、オーソドックスでしょ?
そんな人は、自分の子供とも疎遠になっているもの。
孫と疎遠になるような人は、自分の子供の写真もなかったりする。
子供との間すら疎遠なんだから、孫に期待しても、無理に決まっていますよ。
逆に言うと、孫との疎遠な姿から、その人のキャラクターについても色々と見えてくるわけです。

(終了)
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発信後記

東京で、小学6年生の恐喝の事件がありましたね。100万円?!
担当の教員に相談しても放置していたとか・・・
校長は、「今示談中なので、その結果を見守る」とか・・・当事者意識ゼロ。

そのようなイカレポンチの担任は例外的な存在なんでしょうか?
ちょっとカビのついたミカンはひとつだけ存在できますが、芯までカビたミカンがあったら、その周囲のミカンは全部カビているでしょ?
その担任の同僚は何をやっていたのでしょう?

そんな学校にしている校長もカビたミカン状態。
そんな人間が校長になってしまうこと自体、その自治体の教育体制そのものが腐っていることを如実に示しているわけです。
R.10/11/15