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カテゴリー ダメダメ家庭出身者の行動
配信日 04年12月10日 (10年10月13日 記述を追加)
タイトル ごまかしが多くなる (平気でウソをつく)
ダメダメ家庭の親は被害者意識が強く、子育てすら親である自分が背負わされた被害と認識している。だから、子供が困っていても知らん顔。そんなダメダメ家庭では、親からのサポートは絶対に当てにはできないので、子供は自分の身を自分で守るしかない。厳しい状況に陥ったら、なんとかその状況を自力で脱出する必要がある。

と言うことで、どうしても「とりあえず」「ごまかして」その危機を脱することを考えるようになるわけ。
まあ、危機と言っても大したものでもなく、日常的にピンチの時ってありますよね?
そのようなピンチを正面から解決を図るのではなく、「ウソを付いたり」「寝たふり」で、「とりあえず」ごまかしたりするわけ。
トラブルを解決するというよりも、とりあえず「流して」「見えないようにする」という対応を考えることになる。

たとえば、電車で座っていたら、自分の前にお年寄りが立っている・・・さあ!どうしよう!
ここで「寝たふり」の登場!
まあ、この程度のごまかしなら、多くの人がやっているでしょうね。人間はキレイ事だけでは行きませんよ。しかし、ちょっと考える必要があるのは、そんな「寝たふり」をしてごまかしている人間が、何歳の人間なのか?ということです。

大人だったら色々と事情もあるでしょう。周囲の目にも配慮しないといけませんしね。しかし、小学生のような子供の頃からそんな権謀術数の日々だと問題でしょ?小学生なら堂々と座っていればいいじゃないの?

あるいは、幼稚園におけるお昼寝の時間でも、園児が「眠ったふり」で、ごまかしていたりして・・・
本来は眠くなければ眠らなければいいはずでしょ?それとも睡眠薬を飲むの?
このような、ごまかしてその場を乗り切ろうとする状態は、その子供が家庭内で「自分の身を自分で守るしかない!」と切羽詰った精神状況にあることを示しているわけです。「面倒な事態にならないように、周囲に合せて普通でいよう!よし!ここは眠った振りでピンチを脱出だ!」幼稚園児だってそのように考えるわけです。

勿論のこと、ごまかしのテクニックの最たるものは「ウソで切り抜ける」手段です。
ちなみにM・スコット・ペックという人が書いた「虚偽と邪悪の心理学―平気でうそをつく人たち」という本があるそうですが、その本において、


「邪悪な人間とは、
1.どんな町にも住んでいる、ごく普通の人。
2.自分には欠点がないと思い込んでいる。
3.異常に意志が強い。
4.罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。
5.他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する。
6.体面や世間体のためには人並み以上に努力する。
7.他人に善人だと思われることを強く望む。

彼らの核にあるのは過度のナルシシズムである。
彼らはそれを非常に隠微に行う。」

という内容らしい・・・

まあ、内容自体はいいとして、そして、その記述が、このサイトで記述しておりますダメダメ家庭の人間のキャラクターと実に合致しているのは当然として、私が震撼し恐怖したのは、その文章をわざわざ私に教えてくれた人が、まさに「上記のキャラクターにこれ以上ないほどにドンピシャ!」という人なんですね。
その人の説明では「自分の母がこんな人なのよ!」ということでしたが・・・
当人自身がこのキャラクターだということを自覚しているなら、まだ問題も少ないわけですが、全く自覚していないわけ。自分は全然違うキャラだと思っているわけ。

だから当然のこととして、その人も「平気でウソを付く。」
これ以上ないほどに「平気でウソを付く」人は、自分では「ウソを付いている」とは思っていないわけ。

これは「自分の身は自分で守らなければならない!」と切羽詰った日々だったために、子供の頃から周囲をごまかし続けていたので、「ウソを付く」こと自体に何の心理的違和感が無くなってしまっているわけです。

それにダメダメ家庭出身者で被害者意識が強い人は、「悪いのは全部○○のせいだ!」と日頃から思っているので、自分の悪さを指摘されても「それはつまり○○のせいなのよ!」と自分自身を簡単に納得させてしまう。
自分がウソを付くことに正当性があると思っているんですね。
それこそ、ウソの問題を指摘されると、「ワタシがウソをついたのは、全部○○のせいだ!ワタシは悪くない!」と言い出すことになる。

ウソを付くことが問題なのではなく、ウソをつく際に「平気」でいることが問題なんです。
しかし、そんなウソをつく人を相手にして楽しいわけもなく・・・
楽しいどころか、危険な存在でしょ?

だから、周囲の人はそのような「ウソをつく人」から離れて行ってしまうことになる。そうなったら自分自身で反省をすればいいのでしょうが、そのような人は反省をしないわけ。だって「平気」でウソを付く人は、「ウソを付いている」という自覚すらないので、反省のしようがないわけです。だから、人が離れていった場合は、結局は被害者意識をますます膨らませることになるわけ。
「ああ!どうして皆は、ワタシのことを避けるの?」
「ああ!どうして皆は、ワタシのことをわかってくれないの?」
「ああ!この世でワタシほどかわいそうな人間はいないわ!だから、ワタシは恵まれた人に対して何をしてもいいんだ!」

そうなると、ますます「平気でウソを付く」ことになる。
このようなダメダメなスパイラルが進行していくわけです。

このような、ごまかしが多くなる要因として、別のものもあります。
そもそも子供時代に「正直に言っても信じてくれなかった。」ということもあります。正直に本当のことを言っても、面倒になるだけなら、当然のこととして「ウソでごまかし」、「とりあえずその状況を脱する」ようになるのは必然ですよね?人の話をマトモには聞かない人たちに、正直に言っても意味ないでしょ?
やり取りの相手方が、自分の話を真摯に聞こうともせずに、いつも生返事だったら、「とりあえず」の精神になってしまうでしょ?

また、ダメダメ家庭出身者が「ウソでごまかす」ようになる別の要因もあります。ダメダメ家庭では親からの要求自体が「無体」なものなんですね。それこそ最初に挙げましたが、「幼稚園で眠った振りする園児」などもそうです。親が「お昼寝の時間はちゃんと眠りなさい!」と子供に要求したりするわけ。しかし、そんな要求を受けても、子供としても対応はできないでしょ?
こんな「無体」な要求を受けて育っているので、要求に誠実に応えようとするよりも、周囲をごまかして対応するようになるわけです。

そして、ウソに対して違和感もなく、自分が一番の被害者だと確信しているので、ごまかしに対する感覚がマヒしてきてしまう。
別のところでも書いていますが、この手の人は、トラブルが起こったりすると、ミエミエのウソの言い訳を平気で言い出したりするもの。

それこそ、10年9月に起こった中国の漁船と海上保安庁の船舶との衝突事件で、日本政府が中国人の船長を釈放した問題ですが、政府としては「那覇地検の判断」という言い訳でしたよね?
まあ、そこまであからさまな言い訳だと、言われた方も、何も言えないでしょ?
もはや、やり取りの前提というか、基本常識が壊れているわけですからね。
あるいは、07年に発覚した、高級料亭「吉兆」のささやき女将さんの「パートさんが勝手にやったこと。」との言い訳でしたが、そんなミエミエのウソを言い放つ人とは、これ以上はやり取りをしてもムダと思ってしまうでしょ?

ミエミエのウソによって呆れた状態になってしまうと、もはや反論する気持ちもなくなってしまう。だから、「反論はされない」という状態が、とりあえずは達成されるわけ。そして、「反論はされない」という二重否定を、単純な肯定に変換して、「オレの見解が受け入れられた!」と勝手に納得することになる。
まあ、ウソを言ってはダメとまでは申しませんが、もうちょっと「らしい」ウソにしないと、やり取りの意欲の時点で、なくなってしまうものでしょ?

逆に言うと、そのようなミエミエのウソを平気で言う背景には、「相手から合意を取る」という発想よりも、「反論を言わせない」という二重否定的な状況を作ろうとする発想があるわけ。それだけ、会話が不全の家庭を背景としているということなんですね。
自分が納得できればそれでよく、相手の気持ちがまるでわからない。
まさに「極度のナルシシズム」状態。
相手の受け止め方がわからないがゆえに、ますます平気でウソをつく。

そういえば、以前のことですが、北朝鮮による日本人拉致に関する資料がウソだらけだったとか。
また「遺骨」とされていた遺品も、捏造されたものだったとか。
しかし、そんなことは当然なんですね。

国家全体がダメダメ家庭と言える北朝鮮に何を言ってもムダ。彼らはウソを付くことに対して平気なんです。彼らはそうやって育てられてきたのだから、今更そのような人たちに言葉で説得しても無意味。だって、当人としては、ウソをついているという自覚すらないんですから。

そもそも「誠実さは美徳」という考えが、世界人類皆共通という発想は間違いです。そのような「誠実さは美徳」という考えも局所的なものなんですね。日本の我々がそう考えているのだから北朝鮮の人もそう思っているだろう・・・と思うこと自体が問題です。北朝鮮のような被害者意識に凝り固まっている人は「悪いのは全部○○のせい!」と日頃から思っているので、自分たちは誠実に対応する必要がないと思っているわけです。

しかし、興味深いのは、北朝鮮政府が日本政府に対し「とりあえず」「ウソでごまかす」ように、北朝鮮の下っ端の担当者も、命令した北朝鮮政府に対して「とりあえず」「て・き・と・う にごまかした」わけです。どうせ捏造するのなら、もっと気合を入れて丹念に捏造すればいいのでしょうが、やっぱりそこはダメダメ。北朝鮮の「捏造担当者」も、「上から、また面倒なことを押し付けやがって・・・」「あ〜あ、鬱陶しいなぁ・・・」「どうでもいいや!」「て・き・と・う」と、いつものダメダメ精神が発揮されちゃうわけですね。だからスグにバレてしまうような捏造のレヴェルになってしまうわけ。

「いい仕事してますねぇ・・・」と言われるためには、自分で自分の仕事に誇りと責任感と愛情がないとダメでしょ?物作りも捏造も同じですよ。「上から言われたのでイヤイヤ」やっていた捏造なので、「いい仕事」にはならないわけです。

「どうして、彼らはこんな、スグにバレるとわかるようなウソを?」を疑問の声が上がりましたが、彼らがダメダメであることを考えると、簡単に理解できるでしょ?

日本のダメダメ家庭出身者も、多かれ少なかれ北朝鮮のようなことをやっていたりするわけ。重要なことは、それを自覚しながら、少しでもそのようなことを減らしていくことしかないわけです。

「悪いのは全部○○のせい!」って、自分自身を納得させるのは簡単ですが、そうやって自分自身を納得させることはできても、マトモな人間は相手にしなくなるわけ。
まさに北朝鮮がそうでしょ?
日本のダメダメ家庭出身者も、北朝鮮が、折角、ダメダメの精髄を見せてくれているのだから、ありがたく参考にしないとね。

ちなみに、北朝鮮への対応についてですが、このメールマガジンは外交問題についてのメールマガジンではありませんので、今後の北朝鮮との交渉をどうするべきなのか、などについては書く気はありません。

というか、交渉などやっても無意味なんですね。
ダメダメ家庭は当事者意識がなく、被害者意識だけがある・・・と、このメールマガジンで何回も書いています。

北朝鮮という巨大化したダメダメ家庭との対応においても、それは基本的な前提です。
当事者意識がないので、交渉では何も決まらない。だって交渉で何か合意したらどうなるでしょうか?合意した人が当事者になるということですよね?つまりその人が責任を背負うことになるわけ。ダメダメ家庭では「当事者としての責任」という発想がそもそもないので、そのような精神状態は受け入れたくないわけ。それにもし当事者になって、うまくいかなかったらあの国では死刑でしょ?それだったら会議の場でも、ダラダラとダベって何も決定しない方がラクでしょ?

「こんままでは北朝鮮という国自体が持たない!」なんて言う人もいたりしますが、そのような危機感は、当事者が陥るものでしょ?当事者意識のない人間は、危機感もないわけ。

彼らは当事者意識がなく、被害者意識だけがある。だから彼らに取っては「被害者」になることの方が精神的にラクなんですね。当事者になることは精神的にシンドイわけ。
被害者になれば、安心していられる。そしていつものようにグチっていられるわけ。
彼らを「被害者」の状態に「してあげる」ことは、彼らのためなんですね。
そうすれば、彼らは「○○に言われたから、しようがなく△△した・・・」といつもの精神状況でいられるわけ。そうして心ゆくまで自分の被害者意識を満足させることができるわけ。

会議の場において、「これはアナタたちの側の問題だから、あなた自身で決めてくれ!」と要求することの方が、北朝鮮の人にとっては『拷問』なんです。
そのことは、イスラム教徒も同じでしょ?イスラムの人たちが会議で何か決定したことがありますか?会議の場では、ただモメているだけでしょ?
ダメダメ家庭の人間を動かすには、それなりの発想の転換が必要なんですね。

「ごまかし」が多いということは、何事もやらされているという感覚を持っていること。
だからこそ、「やらされる」状況に持って行ってあげることが、彼らにはラクになるわけ。
ウソも方便という言葉がありますが、当事者意識を持ってのウソなのか?それとも被害者意識を持ってのウソなのか?それによって、違ってくるでしょ?
みえみえのウソが出てくれば、その人なり集団が強い被害者意識があるということ。
そんな人とやり取りをするだけムダですし、危険なんですね。

(終了)
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発信後記

メルマガの文章は1日で書き上げた例はありません。かなり前から準備して適宜改訂して、「もうっいいかな?!」と思った頃に配信といった段取りです。
今回のお題は第一稿のドラフトがあがったのは10月15日です。

配信する頃になると、今回のように、まさにドンピシャ!といった事件が起こったりすることがあったりします。喜んでいいのか?悲しむべきなのか?
神の配剤ということなんでしょうが・・

ちなみに、前回で「まぐまぐ」で、10時20分の予約配信の予定なのに、即時配信のボタンをポチっと押してしまいました。結果的に午前1時頃に配信になってしまって申し訳ありませんでした。あれは神の配剤ではなく、純然たる私のミスです。
R.10/10/13