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配信日 06年2月22日 (10年8月6日 記述を追加)
タイトル しないことから見えること
このメールマガジンでは、「ダメダメ家庭の問題を考える際には、書いていることや語られていることから考えるのではなく、どうしても書こうとしないこと、言おうとしないことを重視する必要がある。」と頻繁に書いています。

ダメダメ家庭でのトラブルは、自分自身が「見たくない」「自覚したくない」ことが、大きくなって、にっちもさっちもいかなくなってドッカーンとなるわけ。「見たくない」「自覚したくない」ことだからこそ、「語られない」ことになる。
同じように、「どうしてもやらないこと」「しようとしないこと」って、その人のことをよく説明しているものなんですね。

私個人が実に面白いなあ・・・と思っているのは日本の首相(当時)の小泉さん。
小泉さんと、この私は、オペラのような芝居っ気が好きだったり、どっちかと言うと「ニホンゴを話すガイジン」と言えるなど、共通点もあったりします。
あと、小泉さんは、明らかに中国や韓国が嫌いでしょう。

グチばかり言っていて、被害者意識が強い連中を、思想信条とは別に、皮膚感覚的に嫌っているようです。あのような皮膚感覚的な嫌い方は、実際に「その手」の人間と濃密なやり取りを経験しているからこそのものなんですね。
あの手のダメダメ人間に、よっぽどイヤな思いをした実体験があるんでしょうね。

小泉さんは、靖国神社に参拝などで、色々と物議をかもしたりしています。本来ならあの年代で、靖国参拝も何もないでしょう。まあ、周囲から文句を言われるから、意地になっていると見た方が自然ですよ。
どうしてそんなに意地になるの?

などと考えてみたら、ちょっと思い出しました。
靖国参拝にあんなに意地になる小泉さんも、親の墓参りは行っているの?
官房長官の安倍さんは行っているようですが、小泉さんは行っていませんよね?オペラに行く時間があるのなら、親の墓参りくらいはできるでしょ?
親の墓参りだったら、中国も韓国も文句は言わないでしょう?あるいは、親の墓参りの後でハシゴで靖国神社に行けば、いかにも「戦没者の慰霊」という面が出てくるじゃないの?
「この人たちの子供の代わりに、私がお参りに来ました。」って言えて、スジもいい。

「どうして自分の親の墓参りをしないの?」
そう考えると、色々と見えてくるでしょ?
「オヤジのようなグチばかり言っている人間は大嫌いだ!あんな人間にはなりたくない!」
そんな心情を想定すると、実に説明しやすい。
小泉さんの父親も国会議員でした。彼の父親がどんな人間なのかは、私は全然知りませんが、小泉さんの口から「自分の父親について」語られることってありませんよね?

まがりなりにも政治家としての先輩でもあり、人生としての先輩なんだから、父親からの教えなんて、ちょっとくらいは言ってもいいじゃないの?
「死んだウチのオヤジが、よく言っていたけど・・・○○・・・・」な〜んてね。そんな物言いはポピュラーでしょ?

「言わないこと」、そして、「しないことが何なのか?」それを見出すことは、現実的には難しいわけですが、「あれっ?あの人どうしてこのことを言わないのかな?どうしてこのことをしないのかな?」そんな違和感から、多くの情報が得られるわけ。

人間というものは、普段は「愛」や「好意」のような肯定的な感情を元に行動していても、「いざという時」には、「憎悪」だったり、「恐怖」だったり、「コンプレックス」のような否定的な感情で動くもの。
国と国の間の騒動だって同じ。人は愛国心で動くわけではないわけ。他国に対する恐怖で動くわけ。

しかし、そんな憎悪や恐怖のようなマイナスの感情は当然のこととして、普段は意識することはないわけです。いざという時になって、心の全部を支配する・・・そんなものでしょ?
小泉さんが、選挙の時に、あれだけ、「ゲンキ」になれたのは、たぶん、自分自身の内なる恐怖が爆発したんでしょうね。

「このままでは、おれもグチばかり言っている、ダメダメ人間になってしまう!」
「オレはオヤジのようなダメダメ人間じゃないんだ!!」

だから、韓国や中国のようなダメダメな国に対して、皮膚感覚的な嫌悪感があるわけ。
「あんな連中に同調したら、自分もオヤジのような人間になってしまう。」・・・そう思っているのでは?

まあ、だからこそ、小泉さんは異常な爆発力が出るわけです。父親の墓参りをする安倍さんは、人間的には「いい人」なんでしょうが、「いい人」過ぎるのでは?いかにも「フツー」ですよね?
まあ、だからこそ小泉さんは、田中真紀子さんに入れ込まれ、ストーキングされちゃったんでしょうね。まあ、真紀子さんは母親がグチばかりの人だったのでは?

政治の世界の話だけではなくても、「どうして、しないの?」という観点で見てみると、多くのことがわかってくるものです。
それこそ、「どうしておしゃれをしないの?」とか、「どうして遊びに行かないの?」とか、あるいは「どうして写真がないのか?」とか、「どうしてお墓参りをしたことがないの?」などの問題意識があれば、ダメダメ家庭の問題もより見えてくるようになるわけ。

そもそも、このメールマガジンではダメダメ家庭と呼称しておりますが、より正確な呼称となると「機能不全家族(=dysfunctional family)」となります。
機能不全だからこそ、それが表に出てくることはほとんどない。
それこそ、「写真がない」ということは、明確には出てこない。
だから、多くの人は、機能不全に陥っている状況を認識することすらできないわけ。

「あの服・・・ちょっとヘンだ」!
そんなことはスグに気がつくものですが、「どうして、おしゃれをしないの?」ということはなかなか気がつかないものなんですね。それこそ、周囲にあわせて目立たない服装ばかりしているわけですからね。

しかし、そんなことから、ダメダメの要素が見出されたりするわけ。そのようなことは本人だってわかっていないもの。だから「どうして、ワタシはおしゃれをしないのか。」なんて説明することもない。だから周囲の人もますます意識しないわけ。

しかし、「すること」に対して抵抗があるのなら、それは本人が「見たくない部分」に相当しているわけ。だから、それが爆発するとカタストロフに陥ることになりかねない。

それこそ、一つの事件なり事象を考えるに当たっても、「したこと」から見るのではなく、「しようとしなかった」ことから考えると、より実体に即した認識ができるもの。
マトモな家庭においては「子供を持つ」ということは、まさに「子供がほしい」「子供を育てたい」という「したいこと」から考えることができるわけですが、ダメダメ家庭においては、むしろ「しなかったこと」・・・つまり「避妊をしなかった」ことから考えた方が認識が進むわけです。
子供が欲しいかったから妊娠したのではなく、「避妊が面倒だったから」妊娠した・・・それがダメダメ家庭の現実なんですね。

そんな状態で子供を持っても、当然のこととしてうまく行くわけもない。
そもそも覚悟があって、子供を持ったのではなく、将来のヴィジョンがないから、あるいは、自分で考えたくないから子供ができただけなんだから、うまく行くわけもありませんよ。

トラブル状態になって、誰かに相談するにせよ、そんな人は、実家には相談しない。
まさに「実家に相談しようとしない。」ことから、実家との関係が見えてくるわけ。
実家について考えることがイヤで、自分の親子関係について考えたくないからこそ、自分が親となる事態を考えることが心理的に不快になり、避妊という判断をしないわけ。
自分が親となることを考えていないがゆえに、親となってしまった事例としては、まさにバルザックの「谷間のゆり」のアンリエットがその典型。

子供について考えたくないがゆえに、子供を施設に預けるとかの判断もしない。
逆に言うと、施設に預けるくらいの判断ができる人なら、最初からちゃんと避妊していますよ。

ダメダメ家庭の問題を考えるに当たっては、その人が万難を排して「しようとすること」よりも、どうしても「しようとしないこと」を、見つけ出し、そこから考えを発展させる方が有効なんですね。そんな視点は、自分自身を考える際にも、周囲の人について考える際にも、実に重要なこと。
まあ、これも「言うは易し。」であり、そのためには、いわば芸術的な洞察力が必要になるわけです。

逆に言うと、芸術的な洞察力のない人がいくら議論しても、トラブルの本質となっている「dysfunctinal」な面は見えてこないし、議論の遡上にも上がらない。
そして、議論のための議論に終始してしまう。

functinalなマターは取り扱いが分かりやすくても、dysfunctinalなマターは認識することも、議論することも難しいわけ。
ダメダメ家庭というか、機能不全家族の問題を、通常のfunctionalな方法で取り扱うこと自体が、一種の矛盾でしょ?しかし、現状はそんな方法ばかりですよね?
だから、何も知見が得られないし、改善のための現実的な方法が出てこないわけ。
ダメダメ家庭の、不全な機能は、「したこと」からよりも、「しようとしないこと」から見えてくるもの。ダメダメ家庭の人間は抑圧的であり、判断することが心理的に怖いわけ。
つまり、まずもって判断をする機能が不全となっている。

そんな人の行動を考えるにあたって、「どんな判断でこんなことを?」という疑問のスタイルを持つこと自体がトンチンカンの極みなんですね。
むしろ、「どんな判断から逃避するために、こんなことをしたのか?」という疑問のスタイルが必要となってくるわけ。
しかし、そんなスタイルの質問ができる人は、この世にほとんどいないでしょうし、そのような質問に対する回答を出していける人も、もっと少ないのが現実でしょ?
それどころか、「しないことから」見えてくる認識なり、対処方を説明されても、その説明を理解できる人も実に少数なのが現実。
だからこそ、実質的には何も対処がされず、同じような事件が繰り返されてしまうわけ。

(終了)
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発信後記

前回チョットふれました「堀江振込みメール」騒動ですが・・・
久しぶりに面白い話題といえます。
前回は民主党の小沢さんが妙に静かであることについてふれましたが、もうひとつ、妙に黙っている人たちがいます。
それは共産党。

そもそも、あの手の内部告発をしようと思ったら、どの政党に駆け込むでしょうか?
私だったら、共産党にします。
だって、共産党は、それなりに信念もありますし、情報収集力もある。組織を使った行動力もある。いざというときには、頼りになりますよ。
どうして共産党に駆け込まないで、民主党のお調子者のところに駆け込んだのでしょうか?それって、その情報がウソだと、持ち込んだ人間がわかっていたからでしょ?

共産党は、多くの内部告発が寄せられるでしょうから、その手の内部告発を見分けるノウハウは豊富なはず。だから今回は妙に静かなのでは?

「本来は、この方法が一番有効なのにどうして、この方法をとらないの?」
そんな視点から、多くのことが見えてくるわけです。
R.10/8/6