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カテゴリー 相談という場におけるダメダメ家庭
配信日 06年3月24日 (10年9月6日  記述を追加)
タイトル 人の知恵を借りられない
2人がクロスワードパズルをやっているとしましょう。
一人が言いました。「このタテの4。わかったぞ!『ユリイカ』だ!」
もう一人は、こんな言い方をしている。「ユから始まる4文字の言葉・・・えーと・・・アルキメデスが言ったらしいけど・・・どうしてもわからないっ!」

この2人では、どっちがパズルの完成に近いでしょうか?

小学生レヴェルの人なら、こう判断するでしょう。
「タテの4」が埋まったといっている人の方じゃないの?だって、1つは埋まったって言っているんだから・・・
しかし、大人だったら違いますよね?
「タテの4」が、どうしてもわからないと言っているんだから、その人は「それ以外」は、かなり埋まっている可能性が高いんじゃないの?

まあ、人の言い方は様々ですから、このような言葉だけでは判断はできません。しかし、「この点が、どうしてもわからない。」と言っているということは、それだけ問題点が絞れている・・・それは確かですよね?
自分がわからない点は、どのような箇所なのか?どのようなヒントがあると正解に近づくのか?問題点が絞れていると、そのようなこともわかっているわけです。
まあ、それだけ問題点が絞れていれば、それこそ「ユリイカ!」と叫ぶのも時間の問題と言えるでしょ?

またまたギリシャの話ですが、有名な哲学者のソクラテスは「無知の知」ということを言いました。「自分が知っていないことを自覚しよう!」という意味です。
この言葉はヘタをすると、「自分自身がよく知らないということを自覚して、謙虚に生きましょう!」なんて意味にとっている人もいるかもしれませんが、もちろん違っています。
「知っていない」ことを自覚して、「知るように」努力しよう!という意味なんですね。

と同時に「自分は何を知っていないのか?」わかっているということは、それ以外は「かなり」わかっていることでしょ?全然わかっていない分野だったら、「ワタシはこの部分はわからない!」なんて言えませんよ。だからこそ、「無知の知」を持っているのは、第一の知者であると言えるわけ。

自分自身の知力を理解し、自分が知りたいことを明確に自覚するって、意外に難しいわけ。それこそダメダメ家庭の人間は「自分自身のこと」がわかっていない。
「自分としては、次に何を知る必要があるのか?」そんなこともわかっていないわけ。
おまけにダメダメ家庭は被害者意識が強い。「自分はかわいそうな被害者なんだ!」と勝手に認定しているわけ。だから自分が知らなくても、「それはみんな○○が悪いのよ!」で納得してしまう。だから、「この問題を解決するためにはどうすればいいのか?」「どのような知恵が必要なのか?」そんなことは何も考えないわけ。
不都合な事態になると、何かを犯人認定して、その認定した犯人を恨んでいるだけ。

人の知恵を借りられるということは、簡単にできることではありません。ダメダメ家庭は問題が山積なのに、その問題を解決するための有効な知恵を得る能力がないわけ。

ここで、最初にあげたクロスワードパズルの例を考えてみましょう。

「アルキメデスが叫んだという、ユから始まる4文字の言葉って知っている?」と聞けば、教えてくれる人もいるでしょう。
しかし、ほとんど埋まっていないパズルを見せて、「どれでもいいから教えて!」なんて言われても、言われた方も困っちゃうでしょ?
「もう、そんなパズルなんてやめなよ!」って、言うしかありませんよ。

人の知恵を借りるにも、疑問点が具体的でないと、聞かれた方も対処不可能なんですね。

オマケにダメダメ家庭の人間は説明能力がない。自分自身の問題を説明しようにも、説明できないわけ。だからヘンテコな表現で聞いたりして、聞いた相手が戸惑うばかり。
それにダメダメ家庭は、会話の能力がないので、人付き合いがヘタ。だから人脈がない。当人なりには問題点が絞れていたとしても、聞く相手がいないわけ。

人の知恵を借りるということは、自分自身の問題点が具体的に整理できていて、それを的確に表現できて、自分の質問に対応してくれる人間が必要でしょ?
そんなことはダメダメ家庭の人間には、なかなかできませんよ。

人脈とかについては相手があることですから一足飛びで解決できません。しかし問題点を自分で整理したり、それを的確に表現することは、一人で努力しても改善することは可能でしょ?

しかし、当事者意識がないダメダメ家庭では一人でできる努力もせずに、「て・き・と・う」に誰かに頼って、「オマエが自分で何とかしろ!」と言われてしまう。
これって、クロスワードでいうと、全然埋まっていないパズルを見せて「ちょっと助けてヨ!」って言うようなものなんですね。相談を持ちかける前に、せめて問題点を整理しないとダメでしょ?
そんなことは、当人が逆の立場になれば、すぐにわかること。

知恵のある人は、向こうから積極的に助けてはくれません。だって、知恵というものは、当人が「理解しよう!」と思わない限り理解できないものでしょ?当人がその気になっていないのなら、周囲が知恵を出しても無意味ですよ。

加えてダメダメ家庭の人間は、自信がない。だから「ヘタに相談して笑われてしまうかも?」なんて思ったりするわけ。「あの分野はよく知らないけど、この分野だったら得意だ!」なんてものがあれば、まだいいのでしょうが、向上心のないダメダメ人間は、どの分野もいい加減。何かひとつでも最後まで達成し、成果として形にしたことがない。これでは自信を持ちようがありませんよ。

知恵というものは、相手に頭を下げたり、お金などの対価を払えば借りられるというものではないわけ。自分自身の問題点を自覚し、それを相手に説明し、相手の説明を理解しようとする意欲を相手に示すことが必要であることは、言われてみれば当然のことでしょ?

人の知恵を上手に使えるようになったら、その人もそれなりの人物になったと言うことができるわけです。
逆に、「もっと人の知恵を借りるようにしたら?」などと言われているということは、ダメダメ家庭の人間の可能性が高いわけ。まあ、最近では民主党の前原さんが言われていましたよね?
そのような人は、別の面でもダメダメだったりするものです。
実際に、前原さんは、そうだったでしょ?

人の知恵を借りるということは、別の言い方をすると、人の知恵を利用するとも言えるでしょう。人を利用するという物言いには抵抗を感じられる方もいらっしゃるでしょうが、辞書で知りたいことを調べる行為も、「利用」でしょ?
的確な辞書を選択し、後は項目を当たっていけばいいだけ。
要は上手な使いこなしの問題ですよ。

しかし、ダメダメな人は、人の知恵を借りたり、利用しようとするのではなく、相談を持ちかける相手を、操縦しようとするものなんですね。
相手から知恵を引き出すのではなく、相手の存在そのものを、いわば「支配下」に置こうとするわけ。

それこそ、情報の小出しを行ったり、あるいは、思わせぶりな態度をとったり、相手に何かを恵んでやることで、相談という場において、支配・被支配の関係を確立し、そして相手を操縦しようとする。
相談を「持ちかけた側」が、相手を操縦しようとするわけです。

しばらくの間は、なんとか操縦できても、当然のこととして、相手の知恵は借りられないし、相手が持っている認識なり洞察力を利用することもできない。
それどころか、相談を持ちかけた側から、いつのまにか操縦されている状況になってしまって、相談を持ちかけられた側としては、不快な気持ちになるばかり。
結果的に「アンタ・・・何をしに、ここに来たの?アンタとして、知りたいことがあるから、ここに来たのではないの?」と、相談を持ちかけた相手から怒られることになる。

前にも書いていますが、相談とは、辞書を利用するようなもの。
「え〜とぉ・・・ワタシは、この件について知りたいので、それにはこの辞書がいいだろう。」 と、適切な辞書を選択し、ページをめくっていけば、その項目にたどり着けるでしょ?
そして、知りたかったことを知ることができて、それでOKですよ。
辞書の側としても、そもそも、そのためのものなんだから、上手に利用してくれれば、それでOKですよ。

しかし、ダメダメ人間は、自分自身でどんな点にそんなに困っているのかについて、自分でも明確にはわかっていない。だから、獲得したい知恵よりも、相手との関係性に目が行ってしまう。

相手を何とか操縦しようとして、それができないような相手だったら、関わるのをやめてしまう。
そして、「アイツは○○という欠点がある・・・」とか言い訳をする。
まるで、ブドウ畑を後にするイソップの狐の姿そのもの。
言い訳をしても、相手からは知恵を借りることができないまま。
ということで、当人の知恵は何も増えないまま。
むしろ、そんな人は、言い訳のためのあら探しの技術が、どんどんと進化していくことになる。

人から上手に知恵を借りられない人ほど、言い訳が多く、そしてあら探し傾向が強いもの。結局は、達成したい当人自身の課題が何もないというわけなんですね。
そんな人は、人のあらは探すことができても、自分自身の問題点は認識できない。
自分の問題なり課題が認識できなんだから、持っている知恵や情報といっても、単なるゴシップネタのようなものばかりになってしまう。

そんなやりとりを積み重ねてしまっているので、ますます、人の知恵を借りることができない。
そんな雰囲気が、結局は身体に染みついてしまうことになる。
ホント、ちょっとしたことで、その「匂い」が見えることも多いものなんですよ。

(終了)
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発信後記

ダメダメ家庭の問題は、私のようにメールマガジンにしている人間もいれば、香川大学の岩月さんのように書籍にしている人もいます。
まあ、私は肩書きがあるわけではありませんので、商売にはならないでしょうね。

その香川大学の岩月さんですが、カウンセリングに訪れた女性と、「深い」関係も持ったとかで裁判があり、有罪になりました。
まあ、岩月さんにカウンセリングに来るんですからダメダメ家庭出身の女性でしょう。ダメダメ家庭出身ということは、被害者意識が強く、「恋に恋する」妄想癖があり、すぐに「入れ込んだり」することは容易に予想できます。そのような人が語る「被害話」は、単純に信じるわけにはいかない。
「実際はどうなのか?」については、なんとも言いようがないわけ。

しかし、だからこそ、カウンセリングという場では、その距離感に気をつけないとダメですよ。学校で決まられた場所以外で会うなんてもってのほか。

ダメダメ家庭の人間とやり取りすると、すぐに逆上されたり、すぐに入れ込まれたり・・・と、大変なリスクがつきものです。そのことに注意して、相談に乗る必要があるわけ。それって、まずもって自分自身の身を守るために必須の注意ですよ。そんなことがわかっていないのなら、倫理的に問題というより、能力的に失格。

倫理的に問題でも、能力的に失格でもどっちでもいいのですが、まあ、刑務所でじっくり勉強するのもいいんじゃないの?
岩月さんの書籍は読んだことはありませんが、まあ、岩月さんも時間ができるのでしょうから、私のメールマガジンのバックナンバーでも読んでみてほしいですね。何せ全部読むのに30時間以上かかりますからね。刑務所にでも入らないと全部は読めませんよ。
私のメールマガジンの文章は、実際に事件なり、似たような事態に遭遇すると、実によくわかる・・・そんな記述だと思います。岩月さんも、事件前の時より、わかるようになっているのでは?
R.10/9/6