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カテゴリー 文芸作品に描かれたダメダメ家庭
配信日 06年9月1日
タイトル 「谷間のゆり」 ( しないことからわかること 編)
作者 オノレ・ド・バルザック
ダメダメ家庭の問題を考える際には、書かれていること、言われていることから考えるよりも、「書かれていないこと」「言われていないこと」に注目して考えていくことが有効であると、このメールマガジンで何回も書いています。

そもそもダメダメ家庭の人間は自己逃避であり、自分の問題から目を背けている。
しかし、背けているからこそ、問題が大きくなり、結局は顕在化してしまう。
目を背けていたからこそ、トラブルになったわけですが、その根本原因については相変わらず目を背けている。だからこそ、何も対処しないで、同じトラブルを繰り返すことになる。
そして、そのトラブルを人に対して説明する際にも、肝心なところは目を背けている状態だから、それ以外のどうでもいいことばかりを話すことになる。
しかし、そんなどうでもいいことが真実なのではなく、どうしても語ろうとしないことに、問題の本質があるわけです。

と言うことで、今回の文章においては、この「谷間のゆり」という作品で、「書かれていない」ことに注目して、考えてみましょう。

1. 友人関係・・・アンリエットとモルソーフ伯爵夫妻には友人がいない。まあ、これはダメダメ家庭ではよくあるパターンと言えるでしょう。しかし、貴族なんだから、その気になればパーティでも開催して交友関係を広げることもできるでしょ?子供にちゃんとした人脈を残してあげるのが親の務めじゃないの?直接は会わなくてもいいにせよ、手紙くらい書くような友人っていないの?この主人公のアンリエットは手紙すら書かない。フェリックスには長い手紙を書いても、その他にはやり取りの相手もいない雰囲気。本来なら、パリでフェリックスが仕事する際に頼りになる人を紹介するくらいのことをしてもいいのでは?

2. チェンジ・オヴ・ペース・・・自分たちの生活がうまく行っていない・・・それを自覚していて、それを始終グチっているアンリエット。しかし、今までの生活がうまくいっていないのなら、ちょっとペースを変えてみることも必要でしょ?家族で旅行に出かけたり、それこそパリに移り住んだりとかね。アンリエットはそんなチャンスがあっても自分で拒否してしまうわけ。夫がパリで仕事をするような機会があっても辞退させてしまう。そのままのダメダメな状態を温存し、そして安心してグチに浸ることになる。

3. 努力やチャレンジ・・・それこそ、人脈を広げる努力なり、新しいことにチャレンジしてみるなり、何かしないと、当人たちだって息が詰まっちゃうでしょ?そんな閉塞感が漂う家庭だからこそ、夫もますます「荒れる」わけでしょ?パリに進出して、色々とやってみて、失敗したら地元のグロッシュグールドに帰ってくればいいじゃないの?しかし、彼女は何もしないでグチっているだけ・・・人からアドヴァイスされると、「せっかくのお言葉ですけど・・・」と拒否する。そして不幸に安住してしまう。

4. 気晴らし・・・この家庭はやたら息が詰まっている状態。唯一解放感が出てくるのはお祭りのシーンです。それ以外は、常に息が詰まっている状態。収穫祭のようなものは年がら年中やるわけにはいかないわけですが、パーティくらいなら、もうちょっとやってもいいわけでしょ?あるいは、家族で観劇とか・・・そんなちょっとしたイベントがない家庭なんですね。

5. 趣味・・・ダメダメ家庭では趣味とは縁がない。それこそ、子供時代は「楽しい思いをしたことを、まるで過ちをしたように叱り付けられる。」わけですから、大人になっても自分自身の楽しみを追求するなんて出来にくい。しかし、そんなダメダメな実家で育ったからこそ、趣味を持って、自分の楽しみを追求する必要があるのでは?それに趣味の世界だったら、失敗しても笑って済むだけでしょ?子供に失敗の体験だって伝えられるじゃないの?趣味なんて、乗馬のようなスポーツなり、編み物でもいいし、いくらでもあるでしょ?そんな楽しみも持たず、唯一の楽しみはグチを言うこと・・・なんて、まさにダメダメの王道ですよね?

6. 早期の対応・・・結婚した後で、「ああ!こんな人と結婚するんじゃなかった!」と思う。それはしょうがない。だったら、早めに離婚するなり何か対策を取らなきゃね。しかし、この手の人は何も考えずに、結局は子供を作ってしまう。そして「子供がいるから・・・」とか「もう今さら・・・」とか言い出すことになる。しかし、だったら、せめて今からでもできることはすればいいじゃないの?早期に対応していれば、それほど大事にならないはずですが、この手の人はいつだって後手後手の対応なんですね。そうして何とも対応できないほどに悪化して「ああ!ワタシって、何てかわいそうなの?!」とお約束のグチ。

7. 食事風景・・・小説全体に言えることですが、食事や料理あるいはワインなどに関する記述が少ない。食事や料理にいい思い出がないのが、ダメダメ家庭と言うもの。まあ、作者のバルザックも基本的にはとんでもなく博識な人ですが、その面の知識は弱かったのかな?食事の最中でも「この料理おいしいね!」なんて会話が出てこない。ただ家族で黙々とエサを食べている・・・そんな雰囲気なんですね。

8. ペット・・・ダメダメ家庭は、心に余裕なり潤いがない。いつも切羽詰っている。それを放置するからますます切羽詰ってしまう。だからこの伯爵の家庭にはペットがいない。動物だったら馬がいるようですが、それってこの時代では、いわば自家用車であって、愛玩用のペットとはいえないでしょ?お金がないわけでもないし、屋敷だってあるわけですから、犬くらいは飼ってもいいんじゃないの?ブツクサ言ってばかりいる亭主の伯爵さんだって、犬の世話を喜んでやったりする可能性だってあるわけでしょ?そうすれば妻のアンリエットだってラクじゃないの?この家庭には潤いがないし、それを得ようともしていない。だからこそ伯爵だって荒れるわけでしょ?しかし、このアンリエットは荒れた伯爵を見て嘆くばかり。

9. 影の薄い父親・・・アンリエットもフェリックスも父親の影が薄い。双方の母親については散々と言及されますが、父親については、いるのか?いないのか?わからない程度までしか言及されない。貴族の結婚は恋愛結婚ではないでしょうから、子供の教育については父親も責任や関心があるものでしょ?それこそ「お家」の問題なんですからね。しかし、父親の影が薄いのはダメダメ家庭では、よくあること。だから母親のダメダメが、より肥大化しちゃうんですね。

10. 話のネタ・・・このアンリエットは、グチには熱心ですが、自分自身で現状を改善するための方策を考えたりするような人間ではない。それに本を読んで自分で考えたりするようなこともしない。別に時間がないわけではありませんから、本くらい読めるでしょ?自分自身について客観的に見つめなおしてもいいじゃないの?しかし、この手の人はそんなことをせず、ただ「私はかわいそうなのよ!」と連呼するだけなんですね。子供たちに楽しい話でもできるように、準備すればいいでしょうが、そんなこともしない。実に勉強不熱心な人。

11. 考えること・・・ダメダメ家庭出身の人は、自分自身で考えるようなことはしない。むしろ「恋に恋する」ような妄想癖がある。だからオカルト趣味に走りやすい。ここでのアンリエットもサン・マルタンという実在する神秘主義者のファンというキャラ設定になっています。考えるより、信じることに走ってしまう。信じていることだから、説明のしようがない。だからなおのこと会話が発展しない。

12. 分かってもらうための努力・・・「夫は自身を分かっていない!」なんて散々グチる人に限って、「分かってもらう」ための努力を何もしていないもの。それこそフェリックスに長い手紙を書けるのだから、夫に手紙でも書けばいいじゃないの?同居している夫に手紙も何もヘン!というのは分かりますが、だったらグチってはダメでしょ?現実の世界でも「夫はワタシのことを分かってくれない!」とグチっている人に対して、『じゃあ、今まで分かってもらうためにどんな努力をしたの?』なんて聞いても絶対に返事が返ってこないものなんですね。


たとえ失敗してもいいから、とにかく何かをするというチャレンジする意欲が何もない。
ただグチっているだけ。
当人自身としては内心では自分が望んでいる不幸にどっぷり浸って、安心してグチを言えるわけですが、その子供は気の毒ですよ。
しかし、この手の人間は、周囲から何か言われると「子供がいるからできない」「結婚してもう何年にもなるのに、もう今更・・・」「親に迷惑を掛けられない。」などと言ったりする。

結婚直後から、「こりゃマズイ!」と思ったのに、ズルズルと夫婦をやって、挙句の果てに子供まで作って、そして周囲には「子供がいるから離婚できない!」と来る。
そうして事態がにっちもさっちも行かなくなると、子供に対して、「アナタたちのために自分の一生を棒に振ったんだ!」と、やっぱりグチる始末。
そして「ああ!ワタシって、何てかわいそうなの?!」

21世紀の日本でもおなじみのダメダメ風景ですが、アンリエットやフェリックスもその典型なんですね。

小説を漫然と読んでいるだけだと、このような点は、あまり気がつかないかもしれませんが、「こんな状況だったら、こうすればいいのに・・・」「この状況だったら、別の選択肢もあるんじゃないの?」とか、「どうしてこの点について記述がないのかな?」などと考えながら読んでいくと、色々と見えてくるわけです。

どうしても言おうとしないことをチェックしながら聞く・・・
この「谷間のゆり」という小説は、そんな訓練に最適な小説と言えるでしょう。そのような意味からもダメダメ家庭を考えるにあたって、非常に有効な作品なんですね。

(終了)
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発信後記

途切れ途切れに配信してきました、バルザックの「谷間のゆり」のシリーズですが、次回で最終回です。来週の火曜日に配信の予定です。
この「谷間のゆり」は400ページ近くの長編小説ですが、その次には、実に短い文学作品を取り上げます。
実に短い文章なので全編を掲載いたします。
最近は、チョット文芸チックな文章が並んでしまっていますが、この点はたまたま。
もうすぐ「読書の秋」になりますから、皆さんも色々と本を読んでみては?

子供たちの夏休みも終わって、いよいよ新学期。
夏休みの宿題というと、読書感想文がありましたよね?
まあ、読書感想文のために本を読むのは、ちょっと貧しい。
そういえば、学生時代に家庭教師で夏休みの宿題の読書感想文のゴーストライター?をやってあげたことがあったなぁ・・・まあ、どう見ても、中学生の感想文とはいえない文章になっちゃいましたが・・・まあ、本を読まなくても、頼める人脈があるだけでも、将来役に立つというもの。

とはいえ、まあ、本くらいは色々と読んだほうがいいですよね?
R.11/1/6