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カテゴリー やり取りと距離感
配信日 07年2月16日
タイトル ワタシに構って!
ダメダメ人間は当事者意識がない。
自分自身で、「やりたい」ことなんて、自分でもわかっていないし、そもそも、自分の目標そのものがなかったりする。

自分自身で明確な目標があれば、その実現のために自分で努力すればいいだけですし、必要に応じて周囲の協力を求めることもあるでしょう。
その時点の情況に応じて、自分ができることをやっておく・・・それを確実にやっておけば、目標の達成のために、少しずつ前進するでしょ?

しかし、そもそも明確な目標があるわけではないダメダメ人間は、じゃあ、どうすればいいの?
どうするも何も・・・何もすることがないわけでしょ?
まさに、「とにもかくにも人に合わせて生きる」という「ふ・つ・う」な状態。
あるいは、「何も考えずにボケぇ〜としている」「て・き・と・う」な状態。

こうなってくると、開き直って、ポテトチップスでも食べながらテレビのドラマでも見ていればいいんでしょうが、いつまでも続くとサスガに飽きてくる。
そんな人間が、周囲に対して求めるのは、
「ワタシに構ってよ!」

この「構って」は、決して「協力して」ではないんですね。ただ「構って」ほしいわけ。協力も何も、「何を実現するために協力してほしいのか?」自分でもわかっていないわけですから、ただ「構って」と言うだけにならざるを得ない。

それこそインターネットの掲示板の世界では、そんな人間はおなじみでしょ?
あるいは、国家としての北朝鮮なんて、この「ワタシに構ってヨ〜」の典型ですよね?

そんな姿を見せられれば思ってしまうのが、これもお約束の感想。
「で・・・アンタ・・・いったいどうしたいの?」

「○○に協力して!」と言うのなら、まだ付き合いきれますが、「ワタシに構って!」では、逆に「構って」られませんよ。コッチだってヒマじゃないんだし・・・

逆説的ですが「構って!」と言う人だからこそ、「構いたくない」もの。だから放っておくしかない。そんな人は関わっても厄介なことになるだけ。
しかし、「構って」もらえなかったダメダメ人間は、怒り出す。
「ねぇ?ねぇ?どうしてミンナはワタシに構ってくれないの?」
そんな思いで、掲示板を荒らしたり、周囲にチョッカイを出すようになってしまう。
あるいは、ミサイル実験などを、これみよがしに行うことになる。

この手の人は、「協力してもらう」と言うことと、「構ってもらう」の区別が付かない。だからある人が、周囲の人から協力を受けながら事態にあたっているのを見ると、逆上することになる。

「キーっ!どうしてアイツは周囲の人に構ってもらえるのっ!?キーっ!」
嫉妬心から、その人に「からむ」ようになり、そんな光景を見ていた周囲の人は、ますます退いてしまう。だから、ますます「構って」もらえない。
だから、ますます嫉妬の炎が燃え上がり逆上することになる。

まさに北朝鮮状態。

そして、それこそ北朝鮮がやるように、「構ってくれないと、とんでもないことをしちゃうぞ!」と、周囲に脅しをかけるようになってしまう。
あるいは、何かと言うと、スグに「訴えてやる!」などと言い出し、実際に裁判を起こし、国家の管理のもとで、相手から「構ってもらおう」としたりする。
それこそ、付き合っていた男性から暴力を受けたということで、3千万円請求の裁判を起こしたりする事例もありました。しかし、たとえ、その裁判によってその女性が勝訴しても、その女性と付き合って、口ケンカとなったら、どうなるの?殴ったら3千万円だから、口ケンカだったら、5百万くらいになるの?マトモな人は、まずは、そんな女性に近づくこと自体を避けるものでしょ?

あるいは、マスコミを使って被害アピールをして、「ボクちゃんに構って!」とやりだす。
それこそ、「ワタシの子供が学校でイジメにあっている。」とテレビの前でアピールしたりする。
あるいは、昨今話題のモンスターペアレントですが、学校に執拗に抗議するのはいいとして、その子供はどうなるの?その親としては何を達成したいの?自分の子供がどのように育ってほしいの?

逆に言うと、自分が達成したい目標がないがゆえに、「協力して」ではなく、「構って」につながるようなアピールになっているわけ。「構ってもらう」ことそれ自体が目的となっているわけです。

しかし、ちょっと常識がある一般人なら、そんな感じで被害アピールをする人間とやり取りをすることは躊躇するでしょ?
だから、ますます人から避けられ、ますます「ワタシに構って!」とのアピールが過激になるばかり。
そして、「ワタシに構ってくれないと、もっともっと、悪さをしちゃうぞ!」というアピールが強くなっていく。
当人としては、「自分は何があるかわからない腫れ物なんだから、アンタたちで何とかしてよ!」と言いたいんでしょうが、マトモな人はわざわざ腫れ物には近づきませんよ。

しかし、「構って」の人は、それにふさわしく「被害アピール」や「かわいそうアピール」に余念がない。自分の被害を語り、相手への報復を考える。それにより、「逆らったら怖い、fragileな姿」を、周囲に見せている。
その手の人は、やり取りに当たっても、人から信頼を得ようとするよりも、人から好意を求め、「ワタシは悪くない!」と言っているだけ。協力関係を元に何かが達成できれば、それは信頼につながるでしょう。しかし、ダメダメ家庭の人間は、信頼というものが理解できず、だからこそ、一時的な感情だけになっている。だから、相手に対して執拗に好意を求めることになる。その好意を求める手段が、「かわいそうなワタシ」というアピールとなる。
「こんなにもかわいそう!」なんてアピールするのはいいとして、だからこそ、「自分こそが一番かわいそう。」と確信し、相手の気持ちには配慮しない。だから、結局は相手方から嫌われることになる。

「自分は△△という目標があり、現時点ではこんな状態なので、このような点を改善したいと思っているから、このようなことについて協力してくれないでしょうか?」なんて言われたら、多くの人は協力できるでしょ?
しかし、当事者意識がないダメダメ人間は、自分自身の目標がないからこそ、「構ってほしい」と思う。それって、いわば自己逃避。そんなことをするから、周囲から相手にされない。

「協力して」のベースには、当事者意識があり、
「構って」のベースには、自己逃避がある。
自分で考えないがゆえに、当人としては何も間違った判断はしていないと思っている。
だから不都合な事態は、全部、その人にとっての被害と見なされてしまう。
被害を受けたと自分で思っているからこそ、周囲に対して、ますます「ワタシに構って!」と要求することになる。しかし、そんな人間とはやり取りはしたくありませんよ。

そうやって、周囲に「構って」もらえないダメダメ人間が、結局は「あて」にするのは・・・言うまでもなく・・・自分の子供。
まさに、自分の子供を、オモチャにしてしまうわけ。
まあ、こんなことだから、様々な事件が起こるのも当然ですよね?
そんな人の子供の名前は、いかにも腫れ物らしいfragileな名前だったりするでしょ?まさに「取り扱い注意」な人であり家庭なんですね。

親が被害を主張する分だけ、子供が腫れ物になってしまう。
いわば、自分の子供に爆弾を仕込むようなもの
確かに、周囲の人は、逆らっては来ないけど、近寄っても来ませんよ。

しかし、そんなfragileな人は、まさに自分たちの中の爆弾をアピールすることで、ますます「ワタシに構って!」と要求する。「もし、ボクちゃんに構ってくれないと・・・ドッカーンとなっちゃうぞ!」と言い出す。
まあ、一時的には「構ってもらえる」でしょうが、そんなことばかりやっていると、どうなってしまうのかは、小学生でもわかること。

このメールマガジンにおいて以前より書いていますが、他者との距離を考える前に、自分自身との距離を考える・・・それが一番根源的で現実的なことなんですね。

(終了)
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発信後記

ダメダメ家庭の人間について考えるのに有効なこととして「似て非なるもの」を考える・・・このことは以前より書いています。
そのうち総集編的にまとめる予定です。

今回のお題では、「協力して!」と「構って!」は、まさに「似て非なるもの」。
その違いに留意することによって、色々なことが見えてくるでしょ?
R.10/12/6