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カテゴリー 認識からの逃避
配信日 07年11月6日 (10年5月31日 記述追加)
タイトル マイナスからの逃避  (見たくない!)
ダメダメ家庭の人間は、当事者意識がない。「自分はこれをやりとげたい!」そんな感じでは考えない。だから発想が常に減点法となっている。「こんなことをすると、あんな不都合が起こる!」「あれをすると、あの人に迷惑が掛かってしまう!」
スグに、そんな減点部分に発想が行ってしまう。

もちろん、日々生きていれば、不都合なことも発生しますよ。
自分の望みどおりに、ことが運ぶ方がレアケースといえるでしょう。
だから、「自分なりの目標を掲げ、達成度合いを見ながら、達成しなかった部分をどうするのか?」
そんな思考が必要になるでしょ?

「じゃあ、何が達成できなかったのか?」
「どうして、達成できなかったのか?」

そんなマイナス部分も考えないとね。
これは減点法の思考ではなく、達成するための思考でしょ?
だって、それをふまえて、「じゃあ、次にはどうすればいいのか?」そんな思考につながっていくわけですからね。
しかし、ダメダメ人間は、普段から減点法の発想なので、「これは達成できたけど、この面については達成できなかった。」なんて具体的な思考にならない。
むしろ、「ああ!うまくいかなかった!気に入らないっ!」なんて感情論で処理するだけ。

普段から減点法なので、そんな自分自身のマイナスな感情も、やっぱり気に入らない。
と言うことで、減点法の発想をするダメダメ人間は、その減点部分を「見ないように」してしまうんですね。自分の目の前のマイナスが「なかったこと」にされてしまう。

まあ、ちょっとした現実逃避なら皆さんもやったことがあるでしょう?
夏休みの宿題がたまっている。
「ああ、どうしよう!徹夜しないと間に合わないよ!」
しかし・・・そう言えば、今日は面白いテレビがあるじゃないか!その番組でも見て宿題のことは忘れよう!
まあ、それくらいなら、人生が掛かっているわけでもないし・・・身に覚えがある人も、私だけではないでしょう?
しかし、減点法のダメダメ人間の現実逃避は、もっとシステマティックに発現する。
ちょっとでも、マイナスがあると、自動的に思考停止になってしまう。

まあ、ピンチになった時に、ちょっとテレビでも見て、現状をしばらく忘れるくらいならともかく、そもそも、普段から、そんなマイナス部分を見ないように、そして考えないように行動することになる。

実は、今回の「お題」を取り上げたのは、民主党の小沢さんの辞任騒動に関連してです。
福田内閣との大連立構想が頓挫して、民主党側の小沢さんは「じゃあ、もう、辞任だ!」なんて話が出てきましたよね?
彼の発想を理解するためには、今回の「マイナスからの逃避」という心理を理解できていると、簡単に理解できてしまう。
ちょっとでも、自分に不都合な事態になったので、それを見たくないし、考えたくない。
だから・・・もう辞めちゃえ!
彼は、今回の辞任は、初犯ではないでしょ?常習犯ですよね?

マイナスがない時においては、色々と考えたりもできるけど、いざマイナスが発生してしまうと、それを見たり考えたりするのがイヤ。だから、見ないためにトンズラしてしまう。

何も政治の世界ばかりではありませんヨ。
ある人から自分自身の問題点を指摘された・・・そんな時に発生したりするんですね。
問題点を指摘されたと言っても、「ここの考え方が、問題を発生させているのでは?」とか「アナタとしては、こっちの問題の方を、まずは最初に解決する必要があるんじゃないの?」それくらいの物言いです。
「オマエのここがケシカラン!」なんて、強い調子の非難ではなく、もっと穏やかなもの。
クレームではなく、アドヴァイスとかサジェストくらいのニュアンスですよ。
しかし、穏やかであるがゆえに、自分で考えなくてはならない。しかし、自分自身から逃避しているのがダメダメ人間なんだから、自分自身の問題点は見たくない。
そうなると、自身の問題点を指摘するような人間からは、トンズラしてしまい、もう何も言われないようにしてしまう。

いや、まあ、人の問題点を指摘することにかけては天下一品の、この私は、何回そんな事態に遭遇したことか!
私は、何も人を非難したわけではありませんよ。「まずは、この問題の方が重要なのでは?」とか「この観点から物事を考えてみたら?」とか「で、結局は、アナタは何がしたいの?」なんて言うだけなんですからね。
しかし、自分自身から逃避している人間にしてみれば、それこそが「痛い」質問なんでしょうネ。ホント、見事なまでにトンズラされてしまいます。

私の見解に異議があるのなら、ちゃんとした文章で反論すればいいだけ。
そもそも、「アナタはどうしたいの?」という質問に対しては『ワタシはこうしたい。』とでも回答すればいいだけですよ。そんなことは幼稚園児でもできること。
しかし、そのためには自分自身の思考をまとめる必要がある。自己逃避の人間にはそれができない。
事態にちょっとでもマイナスが発生してしまうと、見ないために、考えないためにトンズラを決め込む。いや!決め込むというより、自動的にトンズラ状態になる。トンズラしようという判断すること自体から逃避しているので、行動は実にシステマティックとなってしまう。

本来なら、マイナスが発生したら、そのマイナス部分を的確に認識して、そのマイナスの面をどうやってリカバリーしていくのか?そんなことができればいいわけでしょ?いつもいつも自分の思い通りには行きませんよ。しかし、そんな認識や判断や思考そのものから逃避してしまう。

そんな自己逃避の人で、それなりにアタマがいい人は、「自分が何をするのか?」というWHATの問題から逃避するために、「どのようにするのか?」というHOW の問題に逃げ込んだりするものです。

「この課題を実現させるには、これこれと、あれを、このようにすればいい。」「このような行動をすれば、うまく運ぶ。」そんなHOWの思考は、それなりにできる。そんなHOWの思考がそれなりにできるものだから、「自分は何をするのか?」「自分たちの課題は何なのか?」というWHATの問題から逃避していることに、本人も気がつかない。
挙句の果てに「ボクはこんなにも、色々と考えているのにっ!」なんて言い出すようになるわけ。

色々と考えているのかもしれませんが、「どのようにするのか?」というHOWの問題を考えているだけであって、「何をするのか?」というWHATの問題は考えていない。
小沢さんって、実にHOWの大家でしょ?HOWはいいとして、彼はいったい何をしたいの?
その点は私にはわからない。彼はその点を考えることから逃避しているわけです。
自分が実現したいものが、本当には存在しないので、「これだけはやりたい!」というものがない。だから本当の意味での現状認識もしていない。
ちょっとでも不都合なことがあると、「もうっ!気に入らないっ!」と逃げ出してしまう。

「気に入らない状態から、どのようにリカバリーしていくのか?」
「あるいは、こんな状況の中で最低限実現したいものは何なのか?」
そんな思考から逃避してしまう。
おまけにそうなってくると、ダメダメ家庭の被害者意識に火が付いて、「あいつのせいで、うまくいかない!」と誰かを犯人認定し、「ああ、オレって、なんてかわいそうなんだ!」と自己憐憫。
小沢さんって、まさにこの典型でしょ?
もちろん、小沢さんだけではなく、そんな流れは、ダメダメにおいては結構ポピュラーなパターンなんですね。

それこそ、学校での登校拒否での同じようなもの。
学校でちょっとでもトラブルがあったりすると対処できない。
だから「見ない」という対処しなかい。
たとえば、子供同士のケンカなんて、よくあることでしょ?
なんとかして仲直りするなり、もう絶交するなり、あるいは、顔を合わせてもシカトに徹するなり、どっちでもいいでしょ?
いわば、「ケンカをした。」というマイナス面を認めた上で、その対処を自分なりに考えればいいだけですよ。

しかし、ケンカをした相手の顔を学校で見ると、「自分は友達とケンカをしている悪い子」と直面することになり、マイナスから逃避する人間にしてみれば、パニックになってしまう。
だからこそ、そんな「ケンカ状態」というマイナス面を「見ない」という方法しかない。
つまり学校には行けなくなってしまう。
その問題は、「特定の友達」との関係というよりも、「ちょっとでも関係が悪くなったら、対処不能」となっている心理が原因なんですね。

仲が悪くなったらパニックになってしまうんだから、ヘタをすればストーカーにもなりますよ。「相手から嫌われている自分」を認めると対処できなくなるので、「あの人はボクを好いているんだ!」「あの人にはボクが必要なんだ!」ということを強引に自分に納得させようとしてしまう。自分に確認する行為がますます苛烈になり、儀式的になってしまう。

痛いところを突かれると、お約束のように逃げ出す人って、いたりするでしょ?
あるいは、ちょっとでもマイナスが発生してしまうと、対処ができずにトンズラしてしまう人も実際にいるでしょ?あるいは、思考停止を求めて、逆上してしまう人。

往々にして、そんな人は、普段は「いい子」。
逆に言うと、「いい子」ではない自分との接し方がわからない。
そのような人は、それだけ、発想が減点法ということなんですね。減点法の人間は、自分の減点部分に弱い。
強圧的な親の元で育ったアダルトチルドレンには、結構いたりしますよ。
皆さんの周囲にも、意外なほどにいるでしょうし、実際にご存じの方も多いのでは?

(終了)
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発信後記

小沢さんの行動も、ダメダメの観点から見ると、意外にも理解しやすいものです。
彼は剛腕と言われますが、剛腕って、別の言い方をすると、会話の不全でしょ?
あるいは、彼の国連中心主義も、別の言い方をすると、「自分では考えたくない」という当事者意識の欠如と権威主義が合わさったもの。
政治家について考える際には、その人の政治信条を見るより、アダルトチルドレンに関する知識から見た方が理解しやすいって・・・情けない話ですが、実際にそんなもの。

私のような人間にしてみれば、小沢さんのご尊父がどんな人だったのか?見当がつくんですね。まあ、小沢さんも、そのご尊父の問題を真摯に考えればいいのでしょうが、そこからも逃避している。
父親について考え、その結果として、父親と距離を置くのならわかりますが、ダメダメというものは、考えること自体から離れてしまうわけ。だから、逆に親と近い距離を保つケースもあります。

そのような事例も、そのうちにこのメールマガジンで取り上げてみる予定です。
R.11/1/11