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カテゴリー ダメダメ家庭の雰囲気
配信日 08年5月19日
タイトル 立志伝中の父親
以前にちょっと触れたことがありますが、とあるポルトガルの映画でこんなセリフがありました。
「苦労は人を頑なにする。」

まあ、「若い頃の苦労は買ってでもしろ!」なんて言葉もあったりしますが、苦労自慢をするような人間に、実際にはロクな人間はいないもの。
何かを達成するため、人生において必死で格闘してきた・・・と言うのなら、その人にとって、その苦労も意味があるでしょう。目標を達成することは簡単ではない。必死の努力は必要なもの。
しかし、苦労そのものに価値があるのではないでしょ?達成したものがないのに、苦労話ばかり延々と語られてもねぇ・・・
どうせ自慢するのなら、達成したものを自慢された方が聞いていても楽しいものですよ。

労苦の後の達成感。あるいは、達成に向かって前進している充実感。
それがないと、苦労も意味がありませんよ。
そしてその達成感は、自分自身の目標の実現であって、他者に勝つとかの相対的な問題ではないでしょ?

しかし、ダメダメ家庭は、自分から逃避しているもの。何かの達成と言っても、「相手に勝つ!」なんて相対的なものになってしまう。まさに「アイツなどには負けるもんか!」と気合を入れてしまう。そうして自分自身よりも相手を見るようになる。だからどうしても対抗心が強くなってしまう。

自己逃避していたり、強いコンプレックスがあったりすると、「相手に勝つ!」という目標のみになってしまう。そうして、日頃の努力も、自分よりも相手に依存した形になってしまい、自分なりの考えで進めていくことをしない。だから、まさに「心が頑な」になってしまう。

そんな「心が頑な」な人も、結婚し親になったりする。
そうすると、実に典型的なダメダメ家庭が誕生したりするわけ。

ダメダメ家庭の出身者とやり取りすると、自分で事業を立ち上げて、それなりの地位に就いた・・・という立志伝中の父親の家庭が、結構多いもの。
もちろんのこと、「じゃあ、サラリーマンの家庭が、マトモなのか?」と言うと、そうなるわけではありませんよ。
しかし、立志伝中の父親の家庭が陥るダメダメには、明確な傾向があるものなんですよ。

前にも書きましたが、自己逃避でコンプレックスが強い人間は、「相手に勝とう!」と意気込んでしまう。そうやって、自分自身よりも相手を見るわけ。

「アイツたちに負けるもんか!」その気持ちが強いと、よく言うハングリー精神で、事業で成功できるわけです。
それはそれで結構なこと。

しかし、自己から逃避しているんだから、他者と本当の意味での会話ができない。
おまけにコンプレックスが強いものだから、人とフランクなやり取りができない。ヘタに相手の話を聞いてしまったら、自分が「やり込められる」という不安がある。
それなりの地位や立場に就いても自分自身に自信がないわけ。

だから、人に対して、一方的に自分の苦労体験を語るようになってしまうわけ。
あるいは、自分の唯一の成功体験と言える事業の話になってしまう。

「アイツには負けるもんか!」という気持ちを持つのは、事業で必要な面もあるでしょう。
しかし、じゃあ、そんな人が親として自分の子供とどんな話をするの?事業においては部下に命令しているだけ。他の大人には対抗心をぶつけるだけ。じゃあ、子供とはどうやってやりとりするの?
そんな親は、子供とどうやって付き合っていいのかがわからない。結局は、家庭内でも問答無用になってしまう。

問答無用の環境なので、子供としては自分の感情を抑圧するようになってしまう。
まさに周囲に配慮して、オドオドするようになるわけ。
それに加えて、そんな問答無用の男性と結婚するような女性は、やたら「人に合わせる」キャラクターが多いもの。だから、そんな家庭の子供としては、父親と話ができないばかりではなく、母親とも話ができないわけ。母親に対して、何を言っても、生返事が返ってくるだけなんですからね。その家庭の子供は、結局は、母親譲りの「人に合わせて」生きることになる。
「人に合わせてばかり」なので、結局は、そのまま、反抗期を経ずに大人になってしまう。
まさに「いい子」のままで大人になるわけ。

そんな家庭の子供としては、反抗期も経ずに、まさにアダルトチルドレンとなってしまう。その父親はというと、まさに心が頑なになってしまっていて、周囲の人とのやり取りができない。だから結局は「信じられるのは自分の家族だけ。」なんてことになってしまう。
だから、自分の子供に期待することに。
しかし、子供の側としては「いまさら期待されてもなぁ・・・今まで問答無用だったのに・・・どうすればいいの?」と心理的にプレッシャーとなるのは、誰でも分かること。
おまけにその手の子供は、人に合わせてばかりだったので、「遊びを知らない」ことが多い。自分の心を「一時的」にでも開放する方法を持っていないわけ。

・・・ということで、この手の立志伝中の父親の家庭の子供は、精神に失調をきたして病院に行くことになるケースが結構あります。
私くらいになると、その手の話をちょっと聞いただけで、「ああ!その娘さん・・・きっと入院したでしょ?」と言い出したりするんですが・・・

それって、遺伝云々ではなく、子供時代からの抑圧の積み重ねが爆発しただけなんですね。
私が知っているそんな入院事例は1つや2つではありませんよ。
その手の家庭は兄弟仲が悪いのが通例なので、一番弱い存在にプレッシャーが集中しやすく、そのターゲットとなった子供が、往々にして入院となるわけ。

「父親が一代でここまで!」
「なんてスゴイお父さんなんだ?!」

なんて家庭の子供って、過剰なまでに「いい子」だったりするでしょ?

「いい子」でない場合には、父親の対抗心や攻撃性を受け継いでいるケースもあります。
やたら他者に食って掛かるわけ。
まあ、田中真紀子さんがその典型と言えるでしょう。問答無用で攻撃的なところは、父親譲りと言えるのでは?そして、他者を攻撃することで、その他者を犯人認定するとともに、その攻撃対象を凝視することで自己逃避するわけです。

父親の攻撃性によって、子供が抑圧的になってしまった例は・・・映画などでは結構ありますよね?今後、その手のシチュエーションがないか、ちょっと注意してみてくださいな。
あるいは、スーパーマーケットのダイエーの創業者一家もそのパターンなのでは?

エスタブリッシュメントに対する対抗心から、事業に精を出すのもいいのですが、そうなると、それなりに地位に就いてしまうと、目標自体がなくなってしまうわけ。対抗したり攻撃する相手がいないと、何も意欲がわかず、虚無感に陥ってしまう。
その手の立志伝中の人物って、最後は哀れなケースが多いでしょ?
まあ、当人が哀れな最後になるのは勝手ですが、現実では、その人の子供まで巻き添えにしてしまうものなんですね。

(終了)
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発信後記

この立志伝中の父親は、コンプレックスが強いので、結婚する相手は、往々にして容姿端麗な女性を選ぶものです。だから、子供も容姿端麗になったりするもの。
お金があって、容姿端麗で、性格が不器用な子供って・・・現実にいたりするでしょ?
皆様も記憶にありませんか?
ダメダメ家庭って、ちょっと注意してみれば、スグに見つかるものなんですよ。
R.10/12/11