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カテゴリー 判断と選択
配信日 08年5月26日 (10年4月30日に大幅に追加)
タイトル プライオリティをつけられない
ダメダメ人間は当事者意識がない。
何かを、自分の力でやり遂げたいなんて思っていない。
「こうなればいいなぁ・・・」という願望があるだけ。
願望があっても、ただの願望に過ぎないわけだから、自分で具体的に努力するわけではない。結局は、うまくいくわけもなく、やがて「アイツのせいでうまくいかない!」と他者を犯人認定するだけ。

自分でアクションを起こすつもりが本当にあるのなら、本来なら、もっと具体的に考えるでしょ?
『どんな順番で取り組むのか?』
そんなプライオリティの問題も発生しますよね?
「まず、最初にこの問題を片付け、それが達成できたら、次にはあの問題を片付けよう!」
そんな思考が必要でしょ?
「あれも、これも・・・欲しい!」
って、願望は願望で結構ですが、人間ができるのは、それほど多くはありませんし、一つのことが達成できたら、次のことに取り組めばいいだけ。
しかし、自分で達成したいことが自分でもわかっていないような場合には、優先順位をつけることができない。

同じようなことが文章の制作の際にも発生することがあります。多くの事項が並列的に書いてある文章があったりしますよね?
そのような文章は、色々なことが書いてあっても、「一番伝えたいことは何なのか?」について、書いている本人にも分かっていないわけです。あるいは、対象とする人間についても絞りきれていないまま。
『ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる。』
そんな発想なのでしょうか?
撃つ際の技量の問題はあるでしょう。しかし、撃つ際の、タマの数なり、タマの質はともかく、当てたい「的」はどれなのか?どんなキャラクターなのか?少なくともそんな思考は必要でしょ?
そんな文章においては、主となる流れと、それを補足するエピソードが合わさるという構成にはなっていない。とりあえず、あれもこれも書いておこうか・・・ そんな短文が並んでいるだけ。

この手のプライオリティのない文章は、他者からの文章に対する返事で顕著に表れるもの。
細部の些細な箇所には一生懸命に反論しても、全体で何を言いたいのか、さっぱり分からないような返事の場合も多い。
以前に書きましたが「スサムメール」がその典型といえます。

このようなことは、やたら長い名称として現れることもあります。関係ありそうな言葉を全部突っ込んでしまって、やたら長い名前になってしまっている例もあるでしょ?
それこそ「朝鮮民主主義人民講和国」なんてネーミングがその典型でしょう。
抑圧状況になると、「捨てる」という判断ができないので、どうしても名称が長くなってしまうわけです。
あるいは、自分自身の行動の優先順位をつけることから逃避する人間は、他人の問題に首を突っ込むようになる。このメールマガジンで頻繁に触れて おりますボランティアの連中です。まさにアッチコッチに手を出すようになってしまう。

まあ、そんなプライオリティのない文章は、読んで失笑すれば済むだけですし、ボランティアの連中からは距離を置くのが一番。

文章を書いたり、ボランティアをしたりする人は、それほど多くはないでしょう。
こんな優先順位の問題が、わりと明確に出てくるのは、離婚の時です。

離婚はしたい。
慰謝料が欲しい。
子供の親権は欲しい。
子供の養育費は欲しい。
趣味の○○は続けたい。

・・・どうしたら、いいでしょうか?

なんて相談を受けたことがありますが・・・

この私からの回答は、「自分の希望の優先順位をつけられないような人間は、今後何ができるの?」「自分で自分を、いい母親だとでも思っているの?」と言うもの。

いやぁ・・・我ながらキッツイねぇ・・・
そりゃ、返事も返ってきませんよね。返ってきても、それこそ上記のようなスサムメールだったり、あるいはしばらくすると、どこからともなく、スパムメールが来るようになるもの・・・
まあ、いいんだけどね。

しかし、子供にしてみれば、そんな願望ばかりの母親は頼りになりませんよ。
修羅場であればこそ、まさに一点突破するしかないでしょ?
「最重要の一点は何なのか?」
それは自分で考えないとね。

そもそも、離婚でトラブるような、そんなダメダメな人は、結婚する時のプライオリティも何もない。結婚しようとする相手に何を求めているのか?
容姿なのか?
経済力なのか?
性格なのか?
体力なのか?
会話の意欲や能力なのか?

どの項目に優先順位をおくのかは人それぞれでしょうが、「自分はこの点に注意して相手を選択した。」と言えないようではダメでしょ?

しかし、そんな具体的な思考ができないのがダメダメ人間。
「て・き・と・う」に結婚して、「て・き・と・う」に離婚することになる。
そして、そんな人間の相手をしてくれるのは自分の子供だけ。
そして、そんな人間が語ることは、自分の被害の話だけ。
そんな母親は、最初のうちは、離婚した夫の悪口で自分を納得させても、やがて「オマエを育てるために、ワタシの人生を棒にふった!」と子供に対して言い出すことは目に見えているでしょ?

願望は願望でいいのですが、それをどうやって実現させていくのか?
その場合は、優先順位の問題が必ず発生するものですよ。
その優先順位を的確につけられない人は、別の面でもダメダメなものなんですね。

プライオリティを付けることから逃避するダメダメ人間は、常に選択の場から逃避する。
そして、そのような選択からの逃避のスタイルを「ふ・つ・う」と言って肯定する。
つまり、周囲の人々の行動に盲目的に合わせることで、自分で判断することから逃避してしまう。

逆に言うと、「ふつうになりたい!」と周囲に語るような人は、プライオリティを考えながら、行動している人ではないでしょ?
つまり、それだけ、自分で選択なり判断をしていないんですね。
自分で判断をするという発想がないから、自分自身の問題なり、現状をしっかり見ることもしない。
ただ、その都度、周囲の人に合わせているだけ。
そりゃ、確かに、外見的には「ふつう」であり、プライオリティとは無縁になりますよ。

そんな人が、結果的にトラブルに陥るのは、その人の勝手といえるわけですが、当人自身が何も考えずに、ただ周囲の人に合わせていて、そしてトラブルになってしまったわけだから、ある意味において、「合わせた」対象がトラブルの原因になってしまう。

せっかく、あの「○○さんの行動をマネていたのに、こんなことになってしまって・・・あの○○のせいだ!」と、まさに逆恨みとなってしまう。

自分で考えることから逃避して、単に他者の行動をマネていたからこそトラブルになってしまうことは、本来なら、それこそ小学生でも分かることですが、自己逃避で、現実逃避のダメダメ人間は、そんな「普通」の発想はしない。
当事者意識とプライオリティは直結しているわけですし、プライオリティと無縁の人間としては、「ふつう」ということにすがってしまう。

ダメダメ人間は、「ふつう」という言葉をよく使うことについて、このメールマガジンで頻繁に言及しております。その「ふつう」という言葉も、単にボキャブラリーの貧困が原因のケースもあるでしょう。
もっと適切な言葉があっても、ボキャブラリーが貧困なので、「ふつう」という言葉になってしまったケースです。その場合は、純然たるボキャブラリーの問題といえるでしょう。「ふつう」と言う言葉に類する言葉として、たとえば「平均的」なり「一般的」なりの言葉があるでしょ?「平均的」とか「一般的」という言葉と、「ふつう」では意味が違っていますよ。
その「ふつう」という言葉も、とにもかくにも「周囲に合わせる」という意味であれば、それは自己逃避を示しているわけですし、その場合には、「ふつう」という言葉は、ダメダメ人間を指し示す有効な指標と見ることができるわけです。
そして、その「ふつう」という言葉の問題も、その「ふつう」という言葉を語った人が、「どのようにプライオリティをつけているのか?」その点から見えてくるもの。

当事者意識を持ってプライオリティを考えながら行動しているマトモな人は、目標達成のために、プライオリティに基づいて行動し、トラブルが発生したら、やっぱりプライオリティをつけて対処する。そして、結果として「普通」の生活を保つことができる。

しかし、当事者意識がないダメダメな人は、何もプライオリティをつけず、適宜周囲の人に合わせるだけ。結果的にトラブルになり、やっぱりその都度感情的に騒ぐだけ。
そして、「てきとう」に犯人認定をして、「あいつのせいで・・・」と恨みの心を向ける。
そして「ワタシはただ、ふつうの生活がしたかっただけなのに・・・」と大仰に嘆く。

プライオリティとは無縁な人ほど、いつもそんな嘆きを語っているものでしょ?

(終了)
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発信後記

またまた山口県で、またまたお約束満載の事件が発生したようですが・・・
このメールマガジンの購読者なら、事件の心理がかなりの程度まで推測できるでしょ?

このメールマガジンは、厳しいことを書いていますが、あの山口県の祖父母なり犯人の青年が、このメールマガジンの文章を読んで、考えてみたら、違った結末になったでしょう。

厳しい文章から逃避するのは勝手ですが、その結果があんな事件だったりするわけ。
この私に相談される方もいらっしゃいますが、厳しいことを言われたりすると、さっさと逃げ出す人も結構います。当方としてはどうしようもないわけですが、こちらとしては「今頃、あの人は修羅場の真っ最中だろうなぁ・・・」と思ったりするんですよ。
修羅場になりたくなかったら、事前に、しっかり準備すればいい話。
それをしないからこそ、修羅場になるものなんですよ。

離婚する時に人に相談するよりも、結婚する前に人に相談した方がお互いにとってラクなんてことは、誰でもわかることじゃないの?
R.11/1/17