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カテゴリー レポート・手記等に描かれたダメダメ家庭
配信日 09年8月24日
取り上げた作品 心の休ませ方(2003年作品) ・・・(読者投稿の文章を中心とした文章です。)
作者 加藤諦三
今回は実に久しぶりに購読者さんからの投稿の文章です。
購読者のリンさんが、加藤諦三さんという心理学者の2003年の著作である「心の休ませ方」という本を紹介したものです。
投稿の文章の後で、発行者からの追記があります。

――――本文――――
ダメダメ家庭の人は、いつも気を張り詰めているために疲れてしまう。ということは、このメールマガジンでもさかんに取り上げられていることです。
今回は、そのようなことを重点的に取り扱っている本を一冊紹介させていただきたいと思います。
加藤諦三さん著の「心の休ませ方」という本です。
気分が落ち込みがちな人や、疲れていると感じている人には、ぜひ読んでみてほしい一冊です。
そうなってしまった原因や、対処法のヒントを得られるかもしれません。

この加藤さんという方は、ダメダメ家庭の出身であるようで、自身の家族との軋轢や葛藤といった経験に基づいて、心理学に関する本を多数執筆されています。
それぞれの本の内容は、心理学と銘打ってはいますが、加藤さんの個人的な物の見方考え方が強く反映されている面も多く、あまり学術的な正確さは持ち合わせていません。ですから、広く受け入れられるタイプの本とは言いがたいところがあります。
しかし、ダメダメ家庭出身者ならではの着眼点や考察は、ダメダメ家庭の問題に関しては的確な点が多くあり、 今まさに格闘しているダメダメ家庭の人にとっては、役立つ可能性が高いことは強調しておきたいです。

そして、このメールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」と、内容的には通じる部分が多く、相反する記述も見当たらないので、合わせて読まれても混乱することはないでしょうし、ダメダメ家庭の事象をより多角的に見ることができます。
それが、私がこの本を薦める理由の一つでもあります。

さて、この本のタイトルは「心の休ませ方」ですが、多くページを割いているのは原因と結果の解説です。
なぜ、ひどく心が疲れてしまうのか?疲れやすい人間とそうでない人間の差はどのようにできあがるのか?そんな点を加藤さんの視点から解説しています。

ちょっと例を挙げましょう。
例えば、この本で繰り返し主張されていることの一つとして、「心の中に憎しみを鬱積させてしまうと、心が疲れてしまう」ということがあります。
少し言い方を変えると、「憎しみを募らせるような環境で育つと、疲れる」というところでしょうか。
自分の親に心理的なニーズを満たしてもらえなかったとき、その人は意識的にせよ無意識的にせよ、心の中に憎しみをもってしまうのだとこの本は説いています。

憎しみというとちょっと言い過ぎかもしれないですね。
実際の本にもそう表記されているのですが、過激で抵抗感をおぼえるかもしれません。その場合は、「心のひずみ」とでも読みかえて差し支えないと思います。額面よりも、語られようとしている本質に注意を傾けることが重要ですしね。

「憎しみ」に限らず、この本にはちょっと過激めな表現や着眼点の偏りがあります。
しかし、前述の通り、額面ではなく本質に注意を傾けてください。
文法どおりに読むのではなくバックボーンを読んでください。本文にとらわれすぎることなく、主体的に読み、実用性を見出すようにしてください。
それがこの本を活かす最大のポイントです。当たり前のことながら忘れがちなことなので書いておきます。

もう一つ重要なこととして、 心に問題が起きていると感じるとき、なにより先に自分の心の状態を把握することが重要だ、ということをこの 本は教えてくれます。
抑うつ的になってしまう人、疲れてしまう人は、自分の本来の感情を無視し続けてきた。そんな不自然な姿勢を続けてきたからこそ問題になった。
今までに自分はどんな姿勢でやってきたのか、その結果どうなってしまったのか把握して、溜め込んだ感情があれば吐き出してみる。そうすることで、少しずつ本来の自分自身に目覚め、精神の健康を取り戻していけるのだということです。

このやり方は、どんな精神安定剤やカウンセリングよりもよい心の治療法となるでしょう。
心の病というと、特に考えもなしに、病気なのだからすぐに病院へ行くよう薦める声が多いように思います。
私見にすぎませんが、病院での治療は、上手くいっても根本的な解決法にはならないように思います。
私が病院のやり方に疑問を持っているというのもあります。
しかし、問題は自分の内にあり、その問題を一番よく考えるべきなのはやはり自分自身でしょう。
なにも病院を悪く言うつもりはありませんが、病院に頼りすぎると自分を見つめる目が鈍ってしまうように思います。

自分を見つめ、自分の問題を自分で検討してみる…そういった自助努力を試みるとき、この本はよき参考書となってくれます。気になったら、ぜひ手にとってみて下さいね。
私がここに書いた内容はほんの一部なので、取り上げなかった残りの部分も確かめてみてください。

ただし、先に書いたように万人向けの本ではありませんし、取り扱っている内容も、読んでいて愉快になるようなものではありません。
しかし、ある種の心の問題に悩んでいる人が、少し注意を払って読めば、大いに収穫のある本です。

あまりだらだらと書くわけにもいかないので、今回はこの辺りで締めくくらせていただきます。
私の文章で、この「心の休ませ方」に興味を持ってくれた人がいたら嬉しいです。これから読む人に少しでも役に立てば何よりですね。

―――――――本文ここまで―――――――――

ここからがメールマガジンの発行者です。
この「心の休ませ方」という本は、多くの図書館においてあります。
購入するかどうかはともかく、一度お読みになられてはいかがでしょうか?
文庫本で250ページくらいなので、スグに読めるでしょう。

ちなみに著者の加藤諦三さんについては、ご自身のホームページを参照なさってください。
アドレスは、
http://www.katotaizo.com/

私もこの「心の休ませ方」を読みましたが、ダメダメ家庭に対する現状認識なり問題意識は、基本的には私と同じです。この加藤さんは、立場のある方なので、文章や本を制作するに当たって、様々な「大人の事情」があるようですが、逆に言うと、その分だけ、私の文章よりも、とっつきやすいでしょう。
このメールマガジンを購読されておられる方々の70%くらいの方々は、このメールマガジンを読むよりも、加藤さんの著作をお読みになられた方がいいと思うくらいです。

まあ、私の文章のようなエゲツなさはないので、すんなり読めるのでは?
加藤さんの本は、安定した視点で、そして適切な進行感で、ダメダメ家庭の問題を記述してあります。読んでいて、「いやぁ・・・秀才だなぁ・・・」と思ってしまうほど。
この私は生まれてこの方、人から秀才と言われたことはありませんよ。加藤さんの文章は、私のように、対象に対する距離感や方向感が次々と動いたり、進行感が千変万化するような文章ではありません。
音楽家でいうと、加藤さんがメンデルスゾーンやショパンとすれば、私の文章はシューマンに近い・・・そんな感じになります。
いきなりシューマンを聞くよりも、メンデルスゾーンから聞いた方がラクですよ。
私の文章は、まさにシューマンの音楽がそうであるように、血の流れが凍り付いたり、時間の流れが凍り付く瞬間を作りたい・・・そんなところがあるわけですが、それは当然のこととして、受け手には心理的には負担になる。

あるいは、美術で言うと、この私の文章は、多面的な視点を一度に組み合わせるという、キュービズム時代のピカソの方法論だったり、ありふれた素材を組み合わせて、居心地の悪さを作り出すというルネ・マグリット的な方法論をとったりすることもありますが、さすが加藤さんはそんなヘンテコなことはしない。画家で言うと、それこそルーベンスのようなもの。だから、多くの方にお勧めできると思います。文章を商品としてみた場合には、加藤さんの方が圧倒的にいい商品といえるでしょう。私としても、色々な意味で、憧れますよ。

表現のスタイルに違いはあっても、ダメダメ家庭の問題を考えるにあたって、心理の基盤の問題、そして、そんな不適切な基盤を元にするが故にひずみが積み重なっていく・・・そんな動的な問題・・・その重要性に対する認識は共通しています。

だからその基盤の問題に目を向けるのと同時に、ひずみの積み重ねをどうやってゆるめていくのか?そんな問題が発生するわけです。
そして、投稿された方が書いておられるように、やっぱり自分自身を見つめることしかないわけ。

加藤さんも私も、何も単純な「HOW TO」の文章を書いているわけではなく、ご自身に目を向けるためのきっかけとして文章をまとめているわけです。
文章にせよ、音楽にせよ、作品というものは、ある種の鏡のようなもの。
鏡というものは鏡そのものの問題よりも、鏡の向きであり、そこに写った自分自身の姿が重要でしょ?いい鏡であっても、向きが悪いと何も写らない。自分に合った鏡を使うこと・・・それが重要になるわけ。

(終了)
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発信後記

まずは、この場を借りて、文章を投稿していただいたリンさんにお礼を申し上げます。
さて、投稿されたリンさんは、通販サイトのアマゾンにおけるレビューにビックリしたそう。どうも酷評が多いとのこと。
私も見ましたが、感情的な表現で不快感を表明している方もいらっしゃる。
ちなみに、そんな不快感の表明に関する文章は、先週集中的に配信しております。

感情的に拒否なさった方々は、いわば「入れ込み」状態だったのでしょうね。
興味本位で、ちょっと読んでみて、「あ〜あ、この本はたいしたことは書いていないなぁ・・・」と思ったくらいだったら、わざわざ否定的なコメントを残したりはしないでしょう。
「この作者だけがワタシの苦しみをわかってくれる!ああ!この人の文章をまた読んで、自分を慰めたい!」そう思って待望の本を読んだら、求めていた言葉が得られなくて、逆上してしまった・・・そしてその被害感情をレビューという形で書き残した・・・
そんなモノなんでしょう。まっ、よくありますよ、そんなことはね。

その手のレビューなんて所詮は主観的な感想の延長。思ったことを書けばいいだけ。
しかし、客観的な紹介文を書くとなると、途端に難しくなる。
逆に言うと、客観的な紹介文を書くことによって、その本を読んだ自分、紹介文を書いている自分自身について以前よりわかってくることになります。
文章作品を読むことよりも、某かの客観的な文章を作る方が、鏡としての効果が高いわけ。
R.10/3/1