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カテゴリー ダメダメ家庭の会話の雰囲気
配信日 06年3月22日 (11年2月13日 記述を追加)
タイトル あいまいな物言い
以前に、ライブドアの堀江氏が、株主総会で「情けない!」と言いながら涙を浮かべていたことがありました。
株主総会の場で、株主から『オマエは単なる目立ちたがり屋じゃないか?もっと株価を上げることに専念しなさいよ!』と追求されて、「ボクは一生懸命やっている!そんなことを言うなんて情けない!」と言って涙したようです。

しかし、堀江さんのこの言葉は、分かりにくい。
「文」というものは、基本的に、主語、述語、目的語などが必要になります。あまりに明確な場合は、主語などを省略してもいいでしょう。しかし、シビアーな場面で、相手が誤解しては困るようなシチュエーションにおいては、出来る限り明確な「文」にした方がいいでしょ?

この「情けない!」という「文」の主語は、たぶん堀江さん本人でしょう。何せ涙を浮かべていたくらいですからね。だから、主語を補強すると、「ワタシは情けなく思う。」となる。
主語はいいとして、では、目的語は?誰を情けなく思うの?
堀江さん本人なの?
それとも、株主総会で質問した人なの?
「堀江さん本人が、会社の株価を上げられない自分の力不足を情けなく思ったの?」
それとも「そんな質問した人の、心の貧しさを情けなく思ったの?」
これって、全然違いますよね?目的語を省略したらとんでもない事態になるでしょ?

ダメダメ家庭は会話不全の家庭です。相手の話を真摯に聞き、自分の考えを相手に分かりやすく伝えるという発想がない。分かりやすく伝えるという発想そのものを持っていないからこそ、自分の考えが伝わらず、「どうして分かってくれないの?!」と、結局は被害者意識に陥ってしまう。
自分の伝えたいことがあるのなら、明確に表現する必要があるでしょ?ヘタに省略して誤解されたら、後々面倒ですよ。

会話の成果は、相互理解であり、逆に言うと、会話不全であれば、相互理解も不全となっている。
相互理解が不全のままだったら、たとえ顔を合わせてやり取りをしたとしても、そのやり取りに何の意味もなかったということでしょ?
当人としては、ちゃんと言ったつもりであっても、相手が誤解してしまっていたら、そんなやり取りは意味はありませんよ。だから、やり取りのスタイルも、見直す必要がありますよね?表現においても、もっと客観的なスタイルにしないといけないでしょ?

やり取りにあたっては、もっと相手を見たスタイルのコミュニケーションをする必要があるでしょ?
しかし、ダメダメ家庭の人間は、妄想への親和性が高い。実際の人間と現実でのやり取りをしていても、それと並行して、自分の妄想でのやり取りが走っている。
その人の妄想の中では、相手の側が自分の見解を理解できたことになっているのかもしれません。しかし、現実世界での相手が、本当に理解できているのかというとまったく別でしょ?
できるだけ、相手に分かってもらえるように、具体的で客観的な物言いをした方がいいのでは?

メールのやり取りでも、同じようなことが起こったりするものです。ダメダメ家庭の人からのメールは、そのメールの文章の、主語、述語、目的語が明確ではないケースが多いんですね。
それこそ『ワタシは自分の考えを語っただけなのに、どうして怒ったりするの?』などという文になったりする。
そんな文を受け取った側としては、
この人が自分の考えを語った場面って、どんな場面なの?
この人の考えって、いったい何?
どうやって、語ったの?
怒った人って、どんな人?
どのような経緯で怒ったの?

そのような具体的なことが記述されていないと、『どうして怒ったりするの?』などと聞かれてもねぇ・・・
そんなあいまいな言い方だから、相手が怒るんでしょう?
何も表現の修辞法を駆使して、文芸的に表現する必要はなく、いわゆる5W1Hを明確に伝えればいいだけ。

人とのやり取りの場合は、「自分が相手にどうしても伝えたいこと」を明確に意識して、多少しつこいくらいに表現する必要があるでしょ?だって相手の理解力なんて、自分には分からないんですからね。
ところが、ダメダメ家庭の人間は、当事者意識がない。自分がどうしても伝えたいことなんて自分自身でも分かっていなかったり、そもそもそんなものがなかったりする。
それに加えて、ダメダメ家庭の人間は、被害者意識が強い。何か不都合な事態になると、真っ先に自分の被害に発想が向かってしまう。だから、スグに逆上してしまって、ますますその物言いも明確さを欠くようになってしまう。
やり取りが不調という結果になると、ダメダメ家庭の人間は、「分かってくれない」という被害には反応しても、表現方法の問題には視点が何も向かわない。

自分で伝えたいことが自分で分かっていないから、物言いもあいまいになり、
そこを指摘され、被害者意識で逆上して、ますます物言いが不明確になる。
物言いのあいまいさもスパイラル進行してしまう。

ダメダメ家庭の人間は、やり取りにおいて、相手から合意を取るという発想そのものを持っていないことは、別のところで文章をまとめております。
ダメダメ家庭の人間が言葉にするのは、単なる言い訳だったり、相手を弾劾するための言葉だったりする。あるいは、個人的な感想を延々と言っていたり、あるいはメールにおいて書き綴ったりする。
いわば、相手の存在が、心理的に不在となっている状況になっていて、つまり、言葉を発していても、独り言に近くなっている。

その人の目の前に、人間が存在していて、その他者を視覚的なり聴覚的には認識していても、相手の存在を心理的に認識しないままでやり取りをしていることもあるわけです。
そして、そんな独り言に近い物言いが自然に出てくるということは、普段から相手を意識したやり取りをしていないということ。

実際に、対面でのやり取りにおいても、あるいは、メールでのやり取りにおいても、「そう言われても、このワタシにどうしてほしいの?何を分かればいいの?」と、途方に暮れてしまうような状況になってしまう人がいるでしょ?
そんな人は、形の上では対象者がいても、心理的に不在となっていると想定すれば、そんな物言いも理解できるようになってくるわけです。

あの人の言い方はどうも分かりにくい・・・
そんな人っていたりするでしょ?
そんな人とは無理に話を進める必要はないわけです。その人が自分の物言いの問題をちゃんと自覚してから、その後でやり取りを進めればいいだけ。あいまいな物言いのまま進んでも、結局は誤解が広がるだけでしょ?
誤解を修正しないまま、話を進めても、結局は、その人の被害者意識が爆発することになってしまう。実際に、物言いがあいまいな人は、ちょっとのことで逆上するものなんですよ。分かりやすい形で伝えて、それで相手が誤解するのならともかく、あいまいな物言いを投げつけて、その言葉の意味が分かりにくいから、その言葉に対して質問したりすると、見事に逆上したりするもの。
そういう意味で、相互理解に至るどころか、危険人物なんですね。

まあ、ライブドアの堀江さんって、まさにそんな感じだったでしょ?

(終了)
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発信後記

アメリカでの野球大会で日本が優勝したようで、何よりです。
最後に王監督の胴上げがありました。

あのようなシーンを見ていていつも思うのですが、胴上げって、どのようなシチュエーションで始まったのでしょうねぇ?
アメリカではやらないようですから、日本だけの風習でしょう。
最初にやった人は誰なんでしょう?
最初に「やられた」人は、さぞビックリしたでしょうね。
最初にやった人の想像力には感心いたします。

あと現在お相撲がやっていますが、引退したお相撲さんがやる断髪式も、誰が始めたのでしょうね?まさか江戸時代にはそんなことしなかったはずですし。明治時代に始まったわけでしょう?まあ、芝居っ気のある人が始めたのでしょうね。

コロンブスの卵ではありませんが、最初にやるのは、大変なもの。うまくいかない部分にクレームをつけるのは簡単ですが、それって心が貧しいですよね?
R.11/2/13