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カテゴリー | 文芸作品に描かれたダメダメ家庭 |
配信日 | 09年3月9日 (11年2月8日 記述を追加) |
取り上げた作品 | 「ラ・マン」 |
作者 | マルグリット・デュラス MARGUERITE DURAS |
テーマ | マルグリット・デュラスに関して |
前回、前々回配信の文章で、マルグリット・デュラスの小説「ラ・マン」を取り上げました。 その中で記述されている家庭の様子が、このメールマガジンで記述しているダメダメ家庭の様相といかに重複しているか? そんな観点で取り上げました。 今回は、「ラ・マン」の作者である芸術家としてのマルグリット・デュラスを中心に、「ラ・マン」を見ていましょう。 芸術家マルグリット・デュラスと言っても、じゃあ、芸術家って何? このメールマガジンでは、以前より芸術の問題について触れております。 そもそも、「自分自身を表現したい!」「自分自身の価値を認めさせたい!」という思いが一般のマトモ家庭の人よりも、比較にならないくらい強いダメダメ家庭の人間は、芸能とか芸術などの表現の分野には、向いている。 と言うよりも、その分野で名をなすような人は、全員がダメダメ家庭出身者と言っていいでしょう。 ダメダメ家庭出身者は芸術とか芸能の分野に向いていると言っても、じゃあ、芸術と芸能ではどう違うの? 無理に分ける必要はありませんが、こんな感じで言えるのでは? 芸術は、作品を作る。 芸能は、商品を作る。 文章の制作においても、「多くの人に受け入れられるように」という商品性を志向しているのが芸能で、作品としての自立性を志向しているのが作品と言えるのでは? この比較において、商品というのは分かりやすい。だって、商品とは売ったり買ったりするもの。それが文章だろうと歌だろうと、美術だろうと、あくまで販売を目的にしている。それが商品でしょ? しかし、作品というものは、結果的に商品になることがあっても、それが目的とはいえない。 じゃあ、作品って、いったい何? 私が言うとしたら、こんな感じになります。 『作品とは、作り手が作った、作り手の存在を超えた存在。』 作品というものがこの世に登場するにあたって、確かに作者が存在する。しかし、作品というものは、その作者自身の思考や生命を超えた生命を持っている。 このように言うことが出来るでしょう。 21世紀に生きる我々は、それこそモーツァルトの音楽なり、レンブラントの絵画や、ゲーテの文章に接し、もう既にこの世には存在しない作者が持っていた思考なり精神を、その作品から受け取ることができる。 商品というものは、作者の全存在を伝えるようなものではありませんよね? しかし、作品というものは、作者がこの世にいなくなっても、その存在を後の世に伝えることになる。 それだけではなく、作者自身をも超えた存在の声が反映している、それが作品というもの。 作者を超えた存在の反映だからこそ、それこそデュラスが言うように「書く前から、その内容が分かっているような文章など書く意味がない。」となる。 じゃあ、どうやってそんな作品を生み出すの? どうやって、自分自身を超えるの? 結局は、自分自身と対話して、内面を見つめるしかない。 そうして、「自分とは何か?」について、自分なりの回答を出す必要がある。 自分をしっかり見つめるからこそ、自分の存在を超えられる。 そんなものでしょ? 自分自身としっかり対話したからと言っても、すべての人が後世に残る作品を生む出すことができるわけではないでしょうが、まずは、それが第一歩であり、そして創作の原点なんですね。 「自分自身が何者か?」それを自覚した瞬間。 「これを書き残さないといけない!」そんな使命感を実感した瞬間。 創作するものは、そんな原点を、忘れてはダメなんですね。 そんな原点を、しっかり持っているから、自分自身の存在を超えられるわけです。 さて、ダメダメ家庭出身の人間が、「これを伝えたい!」「このことを作品としてまとめあげたい!」と思う出発点となると、まさに自分が過ごしたダメダメ家庭そのものになることは誰でも見当が付くことでしょう。 それ以外にも色々と表現することも後から出てきたりすることはあっても、その原点は、自分が子供時代を過ごしたダメダメ家庭そのものであり、そんな状況において直面する人間の姿であり、そして、そのダメダメ家庭の周囲の環境も原点となってくる。 さて、デュラスは、ベトナムに生まれた人です。彼女の創作の原点は、ベトナムにあった、自分たちの家族。 そして、「ラ・マン」という小説は、まさにその地ベトナムを舞台としている。 しかし、その「ラ・マン」という作品において、もっとも重要なのは、その地で、自分で確信した「創作への責務」その点なんですね。 場所としてのベトナムとか、単なる家族の問題や、その地での恋愛は、メインのテーマとはならない。 かと言って、デュラスが、創作への責務を自分に実感した場所が、ベトナムであることは紛れもない事実。 デュラスが自分自身の創作の原点を見つめる時には、当然のこととして、ベトナムの風景が、空気感が、そして時間感覚が背景として存在する。デュラスという作家は単にベトナム出身の芸術家というよりも、ベトナムの地に根ざした作風を持っている。どちらかというとアジア的な時間感覚がある人と言えるでしょう。 フランス在住の芸術家デュラスが、自分の創作の原点に思いをはせる時、その思いが、どこか「郷愁」に近いものになってしまうのは無理もない。フランス人は、往々にして郷愁とは無縁の人が多い。そもそもそんな漠とした感情とは距離があるのがフランス文化。 かと言って、ベトナム出身のデュラスにしてみれば、まさに故郷として、そして創作の原点の地として、ベトナムという場所は重要な場所となっている。 ここで、郷愁と簡単に書いていますが、「故郷が恋しい」のなら、実際に故郷に行けばいいだけ。 しかし、まさにダメダメ家庭出身者にとっては、ことは簡単ではない。 だって、その故郷の地で、実際にイヤな思いをしている。楽しい思い出ばかりだったら、逆に言うと、文章なんて書きませんよ。 ダメダメ家庭出身であり、とびきり鋭敏な感性を持つ人間が、故郷に寄せる思いは、単純なものではない。自分の原点として重要であり、不快な思い出がいっぱい詰まった嫌悪の地でもある。 だから、故郷から距離を置くことになる。 つまり、故郷に「行かなくなる」。 しかし、ある程度の年齢になると事態が変化する。 故郷に「行かない」のではなく、故郷に「行けない」状態になってしまう。 特に、デュラスのように、故郷がベトナムで、普段はフランス在住となると、里帰りといっても、簡単ではない。単なる海外旅行だったら、心理的な負担はないから、距離はあっても精神的にはラクですが、故郷への帰還となると、身体的にも無理になったり、心理的な負担に耐えられないようになってしまう。 年齢を経てしまうと、お金があっても、里帰りもできなくなる。この「ラ・マン」という小説は、14年生まれのデュラスの84年の作品です。70歳じゃあ、おいそれと里帰りというわけにはいかないでしょう。 そんな「もう二度と故郷に行けない。」自分の状態を発見した時に、むせ返るような郷愁が吹き上がってくる。 そんな心理状況を想定すると、この「ラ・マン」という小説をよく理解できるのでは?そもそも、創作するような人間は、「ものが見える人間」といえます。この作品においても、「わたしには見えているのだ、あらゆる場が開かれている、もう壁なんぞというものはないようだ・・・」という記述があります。時間の壁もなく、地理的な壁もなく、ベトナムの風景や、かつての自分が見える・・・手に取るように見えながら、実際に手に取ることができない。そんな焦燥感に似た感覚。だからこそ、郷愁が深いものになる。 創作するものにとって、「原点」は、常に意識し続ける存在。 そして、その原点を見つめるまなざしは年齢を経て変わってくる。 創作への責務を確信したその原点を、その原点を見つめ続けた日々を、年月を経たまなざしと語り口で描写する。 この「ラ・マン」にあるのは、そんな年月の美。 17歳の少女が持つ美よりも、その過去の自分を見つめるまなざしの美。 その年月の美が存在するには、やっぱり原点への「ゆるぎない」まなざしがあるからなんですね。 一般の人が、原点を見据えても、「作品」を生みだせるわけではないでしょう。 しかし、ひとつの軸のようなものができるでしょ?そして、明確な視点もできてくる。 そんな明確な視点が、その人の尊厳につながるのでは? 自身を超える存在である作品を生み出すために、自分の心に根を降ろし、 作品を育てる土壌として、自分の「もろい」心を再生する。 芸術とは、人を「良きもの」に導くものではない。 「確かなもの」に導くものなんですよ。 ある種の「もろさ」を持った人間には、必要不可欠であっても、マトモな一般人には、不要だし、どうせ、理解もできないでしょう。 ダメダメ家庭の人間にとって、自分自身へのまなざしは、マトモ家庭出身者よりもはるかに重要となる。 一般のマトモ家庭出身者にしてみれば、育った家庭と、現実の社会との間にある常識の差とか、考え方の差は、実質上存在しない。しかし、ダメダメ家庭出身者にしてみれば、その差は非常に大きい。その大きなギャップゆえに、自分自身を見失ってしまう。 それこそ、他者を犯人認定して対抗心に安住したり、被害者認定に安住するようなことになる。 まさに、その人の親がそうであったように。 だからこそ、ダメダメ家庭出身者や、特に創作する者は、その原点を見続ける必要がある。 まさに、この「ラ・マン」での最後のセリフのように。 「以前と同じように、自分はあなたを愛している、あなたを愛することをやめるなんて、決して自分にはできないだろう、死ぬまであなたを愛するだろう。」 「Il lui avait dit que c’etait ,comme avant, qu’il l’aimait encore ,qu’il ne pourrait jamais cesser de l’aimer ,qu’il l’aimait jusqu’a sa mort.」 この文は、小説中では、少女の交際の相手だった中国人男性が、主人公の女性に宛てて語った言葉ですが、それは、デュラスの創作の原点と言えるベトナムからの声であり、そのまま、自分の創作の原点に対するデュラス本人の信仰告白なんですね。 さて、この「ラ・マン」は映画になっております。 その映画に対しては、原作者と言えるデュラスは、不満を表明したとか。 まあ、そもそも小説の「ラ・マン」は、創作する人間への覚醒と、そこからの激動の日々をテーマにしているんだから、そんなものは一般の人には無縁ですよ。映画化するにあたっては、どうしても一般人受けしやすいように、恋愛などを前面に押し出す必要がある。 そんな変更が加えられたら、作者としては不快でしょうね。 しかし、デュラスだったら、この部分には満足したのでは?そんなことが推測できるところがあります。 それは映画でのテーマ音楽です。 緩慢で、アジア的な音感があって、湿り気があって、後ろ向きな郷愁がある音楽となっている。 音楽単独の価値はともかく、この「ラ・マン」という作品の本質と実に重なっている。映画本体はなくても、音楽だけで、この「ラ・マン」という作品を伝えている。 「いやぁ・・・どこから、こんな音楽をひねり出したんだろう?」と、ビックリ。 そんな感想は、この映画を初めて見た時から、ずっと思っていました。 さて、「ラ・マン」の中の「あの人」のフランス語表記を調べることを目的として、この作品の原書を調べましたが、それを見て・・・読んでではありませんよ・・・その音楽をどこからひねり出したのかが、分かったんですね。 上記で抜き出した、この作品の最後の部分のフランス語の原文は、そのリズム感なり、イントネーションなりが、映画でのテーマ音楽と実に近い。 そのまま、この音楽の歌詞として使えるくらい。 皆さんも、上記の文章に映画のテーマ音楽を乗せてみてくださいな。ビックリするくらいに、よく合っていますよ。 音楽の作曲者は、この最後の文を読んで、メロディーにしたんでしょうね。 この最後の文というか、その文を含む最後の段落は、身もだえするくらいの文章。 映画では、その段落の文のほぼ全部を、有名な女優のジャンヌ・モローが読んでいます。 いくら天才のデュラスと言えども、これだけの文を書くにあたっては、かなり推敲をしたはずです。 最後の段落では、複数形の単語を次々と並べながら、まさに時間の積み重ねという「ラ・マン」という作品のテーマを強調しています。 離婚という言葉も、複数形で出て来るんだから、いかに「積み重ね」を表現しようとしているのかも明確でしょう。 あらしのような自身の創作活動の日々を最晩年に振り返るという立ち位置は、シェ−クスピアの「テンペスト」と共通しています。実際に、この「ラ・マン」の最後の段落の文章と、「テンペスト」でプロスペローがファーディナントに語る有名なセリフの間には、その視点や立ち位置は共通しています。 あらしのような日々の積み重ねがあるがゆえに、自分自身を見つめるまなざしも少しずつ変化し、それが自分の身に積み重なっていく。 自分自身へのまなざしを持ち続けながら、その距離感や方向性は微妙に変化していく。 自分自身の原点へまなざしを向けるデュラス、そこからの血みどろの日々を回想するデュラス、そして郷愁に身もだえするデュラスの心情が見事に文章化されている。 そして、その文章が、読み手の我々を、まさに身もだえさせる。 そして、デュラスに積み重なった時間が、読み手の積み重なった時間を震えさせることになる。 一時の感情が共感したのではなく、お互いの積み重なった年月が、積み重なった各層が、書き手と読み手双方の積み重なった年月が、文章を通じて共振する。 デュラスの心情やまなざしが、作り手のデュラスがこの世にいないのに、確たるものとして我々に見えるようになっている。 その力こそが「作品」の力というものなんでしょうね。 だから、この私も、デュラスさんに言いたいな。 「以前と同じように、自分はあなたを愛している、あなたを愛することをやめるなんて、決して自分にはできないだろう、死ぬまであなたを愛するだろう。」 (終了) *************************************************** 発信後記 文芸色の極端に強い文章になってしまって申し訳ありません。 次回からは、もっと身近な話題にいたします。 ただ、ダメダメ家庭と芸術の問題は、常に考えておく価値があるものだと考えております。 自分自身へのまなざしは、芸術における基本ですが、そんなまなざしは、芸術以外にも、必要なもの。自己逃避のダメダメ人間は、芸術をもっともらしく語ることはできても、その本質は理解できないもの。 以前にも書きましたが、いわゆるカルトの人たちは、芸術とは関わりがないでしょ? まさに自分自身から逃避して、対抗心に安住するラクさに浸っている状態。 逆に言えば、芸術からの距離を見れば、その集団のカルト性がわかるわけ。 市民団体とかボランティア団体とか政治団体とか宗教団体とか・・・ダメダメ家庭のOBやOGが活躍する団体は色々とありますが、マトモな団体は、芸術作品をそれなりに生み出すことができるわけですし、カルトな団体は、芸能は生み出せても、芸術は生み出せないもの。 皆さんも、そんな観点から各種団体をチェックしてみては? |
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R.11/2/8 |