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カテゴリー ダメダメ家庭出身者の状況
配信日 08年12月5日
タイトル 記憶耗弱
以前に人気があった韓流ドラマでは、記憶喪失が重要なエピソードとして「いつも」使われていたそう。
まあ、お約束ってヤツでしょうか?
フィクションの世界でいくらお約束があっても、イヤなら見なければいいだけ。
それに記憶喪失という設定は、面白いドラマが作り易いのは確かでしょう。
記憶を失う前、記憶喪失中、記憶が戻った後。
そんな3つの期間で、一人の登場人物を違ったキャラクターにすることができる。
上手に使えば、効果があるんでしょうね。いつもそんな設定だったら、サスガにウンザリでしょうが、たまにはいいんじゃないの?

だから、あの手の記憶喪失のシーンは、韓国モノ以外にもあったりしますよね?

以前に、たまたま、そんな記憶喪失のシーンを見ていると、ちょっと不思議になったものです。

「どうして、言葉は覚えているんだろう?」

記憶を失くしたというのなら、言葉についての記憶も失くすのでは?文法とか単語などは忘れないの?

とは言え、そんなシーンは見たことがない。
フィクションではともかく、現実の記憶喪失ではどうなっているんだろう?

あるいは、その手のシーンでは、過去の記憶はなくしても、現在でのやり取りは可能だったりするもの。つまり直近の話については記憶があるわけ。目の前の人とのやり取りでは、一応は相手の話の言葉を覚えているわけでしょ?

記憶が喪失したと言っても、そのような状況は、そんなにカンタンに理解できるものではないわけ。
記憶しているものが全滅したとか、記憶機能が全滅したということではないんでしょうね。

昔から使っている言葉は忘れない。あるいは顔を合わせてのやり取りも可能だけど、いったん記憶の領域に入れたものからは、取り出すことができない・・・
そんなシチュエーションは、以前にこのメールマガジンで言及した「蟲師(むしし)」というアニメで、そんなエピソードがありました。
習慣化しているものは、忘れないし、顔を合わせての会話もできるけど、記憶の領域に入れてしまうと、そのことを思い出せない・・・そんな話でした。

その「蟲師」というアニメの中では、「それは蟲(むし)のせいですよ。」「その蟲に記憶を食べられてしまったんですよ。」と、一般人の視聴者にも通りがいいように設定されていたわけですが、現実世界では、そんな蟲なんてものはいない。

じゃあ、「習慣化したものは覚えていて、あるいは、直近のものも覚えられるけど、記憶の領域に入れたものは思い出せないという状況が、現実に存在しないのか?」というと、結構、存在したりするものなんですよ。

ダメダメ家庭の人とやり取りすると、実際にそんな状況になったりするわけ。
「蟲師」の原作者さんも、そんなシーンが念頭にあったんでしょうね。
実際に、その「蟲師」という作品の中でも、その記憶の障害の話においては、夫婦間の問題とか、不眠とか・・・そのようなエピソードがでてきました。
ダメダメ家庭と、実に関係が深い症状と言えるわけ。

そのような状況においては、言葉はもちろん使うことができて、直近のやり取りも、問題なく可能。
しかし、そのやり取りの「記憶」が、明確ではない。
あるいは、その人の過去の問題を具体的に説明することができない。
一般論だと雄弁だけど、実際にその人が体験したはずの個別の具体論になると、何も出てこないわけ。

果たしてどうしてこうなってしまうか?
脳の器質的な問題なの?
それとも精神的なり、心理的な問題なの?
まさか、ホントウに蟲なるものがいて、記憶を食べちゃったの?

記憶というと、最近では人間の脳の問題ばかりではありませんよね?
皆様が、このメールマガジンをお読みになる際に使用しているパソコンでも、記憶に関する機能があります。パソコン内のメモリーとかハードディスクとか、あるいはUSBメモリーとか・・・記録というか、いわば記憶機能があるでしょ?

上記の、「言葉は覚えていて、直近のやり取りも可能だけど、いったん記憶の領域に入れたものからは、取り出すことができない・・・」という状況は、パソコンで言うと、ウィンドウズなどのOS(オペレーション・システム)は問題なく読み込むことができる。そして、ワードなどのアプリケーション・プログラムも問題なく立ち上げることができて、文章を作成することができる。
その作成した文章を「名前をつけて保存」して、その後になって、そのファイルを読みだそうとしても、読み出せない・・・そんな状況に近いわけ。

そんな状況になったら、理由として考えられるのは、保存したファイルの場所がわからなくなってしまったケース。「てきとう」に保存しちゃうと、後になって、そのファイルが見つからない・・・なんて失敗もありますよね?そんな失敗だったら理由が明確。

しかし、ファイルが見つかっても、それが読み出せないケースもあります。
「ファイルを何回もクリックしても、ファイルが立ち上がらない!」
「おいおい!どうしちゃったんだろう?!」

そうなると、「あれれ?パソコンが壊れちゃったのかな?ハードディスクが壊れたのかも?」と疑ったりするものです。しかし、ハードディスクが本当に壊れてしまったのなら、そもそもOSも読み込めないでしょうし、アプリケーション・ソフトも立ち上がらないでしょう。
アプリケーション・ソフトまでは問題なく立ち上がって、ファイルを作成できて、保存することができる。
そんな状況だったら、ハードディスクなどの記録機能の問題とは言えないのでは?

このメールマガジンは、パソコンのトラブルについてのメールマガジンではありませんヨ。パソコンのトラブルはあくまで喩え話です。
まあ、そんな感じで保存したファイルが立ち上がらないとなると、それこそ蟲(むし)ならぬ、ウィルスの存在が考えられるもの。そんなウィルスによって、ファイルの動作がおかしくなってしまった・・・このケースが考えられますよね?しかし、それ以外はちゃんと動いているのなら、別の理由も考えられるでしょう。

まず疑わしいのはセキュリティ・ソフトの問題。パソコンを守るために、「不適切なプログラム」が実行されないように、セキュリティ・ソフトが見張っているでしょ?それこそ「インターネット・セキュリティ ○○」とか「ウィルス△△」とか・・・皆さんも入れているでしょ?それに引っかかると、保存したファイルが立ち上がらないわけ。

パソコンでは、ファイルの実行と、セキュリティが顕著に関わっている。

実はこの点は、人間の記憶も同じなんですね。

自分に都合が悪い記憶なり、不快な記憶は、立ち上がらないようになっているわけ。まさに自分の身を脅かすものとして、実行が抑え込まれているわけ。

ダメダメ家庭の人間は、自己逃避であり、そして自分自身を抑圧している。
感情を抑圧し、思考を抑圧しているわけ。だから、自分にとって、大きな感情を呼び覚ますような記憶だったり、思考に発展するような記憶は、保存してあっても、それを取り出す時点で抑圧してしまうわけ。人間の心理においても、パソコンのセキュリティ・ソフトと同じ機能を持っているわけ。

この手の記憶の障害は、自分自身には『関係ない』マターについては、まったく問題ないもの。それこそ、一般的な学問の領域などはスラスラと思い出せたりする。
自分の問題に近寄ってくるほど、記憶が具体性を欠くようになり、記憶へのアクセスが難しくなる。自分自身が強い印象を受けたものほど忘れてしまう。

自分とは直接関係がない一般論的なものは、自分で記憶もでき、思い出せるけど、自分の主観を客観的に語ることができない状態。だから、そんな人は実感がともなった話にはならない。なんとなくボンヤリとした話になってしまう。
しかし、そのボンヤリさが、まさに自分の身を守るための、防御機能なんですね。

まあ、この点は、マトモな人でも、そんなこともあるでしょう。見たくないもの、思い出したくないものがあると、つまりアンタッチャブルなものがあると、思い出すという作用そのものに障害が発生することになる。
自分にとって不快な記憶は、あまり思い出さないって、誰だってそうでしょ?

しかし、自己逃避で抑圧的なダメダメ人間は、それが実に顕著なんですね。
もともと、記憶にアンタッチャブル領域が大きく、そのアンタッチャブル領域に入ってしまうと、もうアクセスできない。だから取り出せない。
保存してある記憶が見つかっても、何重ものセキュリティ機能でチェックすることになる。そのフィルターを通過した記憶だけを、アタマの中に思い出す。しかし、そんな記憶は、「毒にも薬にもならない」ようなもの。自分の思考を呼び覚ますものではないわけ。
だから自分の記憶と思考が結びつかないわけです。
印象が薄い、印象に残っていないから記憶がないというよりも、「強い印象を受けたからこそ、記憶がない。」・・・そのような事態。

実は、このメールマガジンのバックナンバーを収録したサイトには、購読者さんが興味を引いた文章を集めた「リーダース・チョイス」という項目があります。
700本以上ある文章のうちで特に印象に残った文章をリストアップしていただいたものです。
常識的には、そんなチョイスはカンタンなことでしょ?
読んでいて、印象に残ったものを、思い出して、リストアップして適宜感想を書くだけ・・・
なんですが、抑圧的な人間には、それも難しかったりするわけ。

記憶の中から、過去の文章を取り出し、その文章について、ちょっと考え直してみる・・・それができないわけ。
まさに、具体的な文章を取り出すと、人間心理のセキュリティ機能というか、いわば抑圧機能に引っかかってしまうんでしょうね。
感情なり思考を呼び差ますものの実行を避けようとするんでしょう。
このサイトの文章は、読み手にとって、厳しい文章ばかりですから、そんな反応はわかりますよ。

その手の人は、過去の状態を、具体的なり客観的に説明することができない。
そもそも記憶を取り出すことが出来にくいわけですから、その過去の事態を具体的に説明しようがない。しかし、自分の具体的な記憶とは別である一般論に関しては、問題なく、やり取りすることができる。それもかなり上手に説明できたりするものなんですよ。しかし、記述を具体的にすることができないので、聞いていてもサッパリわからない。表現は的確でも、中身や意味は不明確。

そうなると、一種の記憶喪失のように病名をつけて、ヘタすれば脳の器質的な問題としてしまうこともあるようですが、むしろ心理的セキュリティ機能の問題と考えた方が理解しやすいわけ。
パソコンのセキュリティ・ソフトのように、ダメダメ人間においては、強固な心理的抑圧が記憶の動作を妨害してしまう。
それは、まさに「身を守る」ための、心理的な機能であるわけですが、それを自覚しないと、自分の身を守ることばかりに注意が行ってしまって、その人自身が「使い物」にならなくなってしまう。

パソコンでも、あまりに強いセキュリティ設定にすると、実に使い難いものでしょ?
ちょっと疑わしいファイルやプログラムなり、あるいはサイトだと、とたんに警告が出たり、フリーズしてしまうもの。
抑圧的なダメダメ人間も、実にあんな感じなんですよ。

まあ、そんな感じで「理解」できて、セキュリティ・レヴェルを調整すればいいわけですが、そんな理解能力のある人なんて滅多にいない。それに抑圧的な人間は、自分で考えることから逃避しているんだから、そのようなセキュリティ・レヴェルの調整なんて、できるわけでもない。
それこそパソコンでセキュリティ・レヴェルを高く設定しすぎて、使いづらくなったパソコンは、まったくの初心者だったら、「このパソコンはもう壊れた。」とか「古くなった。」とかで、アッサリと、捨てられてしまうものでしょ?
しかし、そんなパソコンも設定をいじると、十分に使えたりするもの。

人間の記憶も、ハード的な問題よりも、ハート的な問題が影響していることが多いものなんですよ。

(終了)
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発信後記

本文中にも書いていますが、抑圧的で、自己逃避のダメダメ人間は、「自分に強いインパクトを与えた体験だからこそ、思い出せない。」わけです。抑圧的なダメダメ人間は、だからこそ多くの体験が、自分の心の中で積み重なることはなく、記憶ではなく、記録だけになってしまう。

そんな人は、何かをしたり、本を読んだり、映画をみたりしても、その心に何も残らない。
ただ、記録が積み重なるだけ。そのようなことは以前に「体験の断片化」というお題で配信しております。
抑圧的な人は、むしろ、記憶にするのを回避するために、記録として残すわけ。

そんな人とのやり取りでは、まさに絵に描いたように「隔靴掻痒」状態。
ホント、イライラしてくるもの。
皆様もそんな思いをされた方もいらっしゃるのでは?
ダメダメ家庭の周囲では、実に頻繁に発生しているものなんですよ。

しかし、重要なことを記憶していないので、当然のこととしてトラブルが起こってしまう。そんな場合でも、「語られている」ことや、「していること」から考えるのではなく、「言おうとしないこと」「しようとしないこと」から考える必要があるわけ。
ダメダメ人間にしてみれば、重要であるがゆえに、記憶に残っていないもの。
インパクトを与えた出来事は、意識した記憶に残っていなくても、心の奥底に住み着いて、宿主を食い荒らすわけ。
R.10/10/1