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カテゴリー ダメダメ家庭における女の子
配信日 04年3月17日 (10年11月16日 記述を追加)
タイトル 結婚するまで処女でいなさい!
「今時・・・そんなオールドスタイルな?!」と思われる方も多いでしょうが、自分の娘に対して「結婚するまで処女でいなさい!」と教え諭す親(特に母親)は、まだ存在するようです。
まあ、ある種のダメダメ家庭では意外とポピュラーな物言いです。

先日も、ある人生相談で「23歳の自分の娘が結婚前に性体験があった。夫にも相談できない。一体どうしていいのかわからない・・・困った、困った。」と相談を寄せていた女性がいらっしゃいました。
ちょっと、びっくりですね?

勿論のこと、ティーンエイジャーの頃から援助交際でもした方がいい・・・と申しているわけではありませんよ。
しかし、「結婚までは処女を守る。」という発想は援助交際と同じような発想と言えるでしょ?結局は、身体だけが重要という発想に近いといえるのでは?
「お箸と女房は新品がいい。」くらいの考えなのでしょうね。だから「結婚するまでは新品でいなさい!」というわけですね。

別に処女でいたからと言って、確実に幸福になれるものではありませんし、いい相手を見つけることができるというものでもないでしょ?むしろ相手のことが分からないまま結婚するわけですからリスクが大きいとも言えます。

しかし、この言葉の本当の効果は別のところにあるわけ。

「結婚するまで処女でいなさい!」という「教え」は、それを破った場合・・・結婚前に性体験を持った場合に、「親はサポートしない。」旨の発言となるわけです。「だからあの時、処女を守らないといけないと言ったではないか!このふしだらな娘め!」「私はもう知らないぞ!私はちゃんと処女を守らないといけない!と言ってあったのだからな!」と、親として、知らぬ存ぜぬを決め込むことになるわけですね。

娘が将来どのようなピンチに陥っても、その理由はすべて「結婚前にキズものになってしまった娘の側にある。」「自分としては親の義務は果たした。だから娘をサポートする必要はない。」というロジックになってしまうわけ。便利な免罪符として利用されてしまうわけです。
自分の娘に対して潜在的な「罪の意識」を植え付けることは、今後の親子間のやり取りにおいて、親の側のアドヴァンテージとなるわけです。
家庭内で、毎日のように「ふしだら!」「尻軽女!」「っんもうっ!キズモノにされて!」など罵詈雑言を浴びていたら、さすがの娘も辛いでしょう?
というか、処女をなくしたからと言って、人間としてキズものとは言えないでしょ?
そんな感じで言われ続けていたら、とでもじゃないけど、困った時には実家に相談するわけには行きませんよ。

まあ、ダメダメ家庭は自分の子供に対して様々な条件を付けます。
「成績がよくないとダメ!」「かわいくないとダメ!」「処女でないとダメ!」そして「いい子でいないとダメ!」・・・
無条件で子供を認めることはしないんですね。
だから、その条件が満たされなくなったら、「悪いのはみんな子供の方」となるわけです。

家庭内暴力(ドメスティック・ヴァイオレンス)の被害者の女性は往々にして実家には助けを求めようとはいたしません。その理由として「実家に迷惑をかけたくないから。」と周囲に対しては言いますが、まあ、結婚する前から敷居が高い状況だったわけです。こんな風に親から罵倒されていたら、とても実家に助けを求めることなんてできないでしょ?

「お父さん!お母さん!亭主に殴られて困っているの!助けて!」と実家に助けを求めても、『だから、処女を守れといってあったのに・・・挙句の果てに、あんな男と結婚するからこのようになるんだ!』と逆にグチグチと説教されるだけになっちゃうでしょ?

また、この「結婚するまで処女でいなさい!」という言葉が別の効果を持つこともあります。「処女を守って結婚したはずの母親が、普段から不平タラタラ。」という場合です。
普段から夫や結婚生活への不満を口にしているのに、「この私と同じように処女で結婚しなさい!」と言われても困りますよね?
「あ〜あ、あんな人と結婚するんじゃなかった・・・ワタシは失敗したわ!」などと言った口も渇かぬままに、「アナタはちゃんと処女を守って結婚するのよ!」と言われても、どうすればいいの?

その母親が、純潔を失った状態で結婚して、結果的に夫婦間で修羅場になってしまっているのなら、自分の娘に対して「処女を守りなさい。」というアドヴァイスは、それなりに意味があるでしょう。「自分の失敗を繰り返すな!」というメッセージになるわけですからね。
それこそ、できちゃった結婚をしたシェークスピアがその戯曲の中で、「結婚前に、情欲に負けて一線を越えてしまったら、その後の結婚生活に幸運は訪れないぞ!」とセリフに書くようなもの。
まあ、失敗を本人が自覚していれば、アドヴァイスにも、説得力が出てきますよ。

しかし、ダメダメ家庭の親は、自分のことを棚に上げて、一般論だけで子供に要求するわけ。
自分の成功体験を伝達するならいざ知らず、失敗している同じやり方を要求されても、同じように失敗するだけですよ。

「処女を守って結婚したら、お父さんのような男性に出会えて、こんなにすばらしい結婚生活ができた!」と日頃から思っていて、子供の前でも仲のいい夫婦だったら、「結婚するまでガマンしなさい!」というアドヴァイスも意味があるでしょうし、子供もそのような話が出たとき、「ホントねぇ・・・」とか、「お母さん、今はそんな時代じゃないのよ!」と笑って会話することもできますよね?
実感のある成功体験?なら語る価値があるし、それはアドヴァイスとしても有効なもの。

しかし、「あ〜あ、結婚相手を間違っちゃった。もう私の人生いいことなしだわ!」と、日頃から子供の前でグチっている母親だったら、そのような人からの結婚に関するアドヴァイスを聞かされても、一体どうすればいいの?
母親と同じように失敗すれば満足なの?
なんとも言い様がないでしょ?

まあ、ダメダメ家庭の親は「ふつう」に拘る。それが「ふつう」だと思っていれば、子供の意向など全く無視しても貫徹する。
自分の状況とか、子供の状況なんて、「ふつう」の前にはチリのようなものなんですね。

しかし、ある種のダメダメな人はこのような「純潔」問題にこだわったりします。
付き合っている35歳の女性と40歳の男性のカップルがありました。女性が「私は処女よ!」と男性にウソをつき、男性は「オレの彼女は純潔だ!」と大喜び。笑える話ですが、実際の話です。まあ、両方ともダメダメ家庭の出身ですが・・・

本人たちがコミュニケーションを積み重ねながら、お互いを理解し認めていくといった感じにはいかないんですね。だからこそ、相手に対して前提となるような条件が多い。
逆に言えば、そのような前提は、会話の能力の低さや、あるいは、相手の人格を判断する能力の低さを意味しているわけ。
結婚生活がうまく行っていない母親ほど、そんな「結婚するまで処女でいろ!」という命令を、問答無用なスタイルで、自分の娘に課すものでしょ?

あるいは、逆に言うと、そこまで純潔問題にこだわるということは、それ以外を無視しているということになるわけです。会話の能力なり、教養なり知性、あるいは経済的な能力も無視して、純潔一本槍。
人の魅力において、そのような純潔の問題をファクターとして重視する人もいるでしょうし、それについてはその人の勝手でしょうが、女性は、それだけの存在ではないでしょ?
それだけにこだわるということは、それだけ、人の多面的な魅力を認められない環境なんですね。
それだけ価値観が一面的になっていて、つまり閉塞状況とみなすことができるわけ。

それこそ、以前にイスラム社会での結婚式を描いた映画を見たことがありますが、新婚第一夜で、ことが終わった後で、血が付いたシーツを、家の外にいるギャラリーに見せるシーンがありました。
逆に言うと、そんな血が付いたシーツを見せられなかったら、タイヘンなことになってしまうわけ。
だいたい、そのようなシーツを見せようとしても、男性側の都合でできない場合も、現実としてあるでしょ?やっぱりプレッシャーもあるでしょうしね。
もし、男性側の都合でできなくて、そんなシーツを公開することができなかったらどうなるの?まあ、それなりに隠れたノウハウはあるんでしょうが、ヘタをすれば、男性側が女性側に罪を擦り付けることをする可能性だってあるでしょ?
そうなったら、その女性は殺されてしまいますよ。
というか、実際問題として、そのようにして殺された女性も数多くいるのでは?

21世紀の日本においては、そこまで極端なことにはならないでしょう。
しかし、ダメダメな親は、そんな純潔問題にこだわることも多い。
自分の娘にサジェストするにせよ、「処女を守ると幸福になれる。」というシンプルな肯定形によるサジェストだったら、それはその人の判断と言えるでしょう。
しかし、ダメダメ家庭においては、「純潔を失うと不幸になる。」という、二重否定でのサジェストというか、命令なんですね。

「純潔を守ると幸福になる。」ということなら、逆に言うと、その幸福について、説明を求められる可能性がある。しかし、「純潔を失うと不幸になる。」ということなら、証明することは簡単でしょ?
そう!殺せばいいだけ。
日本においては、実際に殺す事態にはなりませんが、見殺しのような対処は現実としてあるでしょ?
幸福というものを、説明することも、親である自分の姿として「見せる」こともできないがゆえに、過剰なまでの「不幸」な状況を作ることになる。

発想そのものが否定形であるダメダメ家庭においては、「結婚するまで処女でいなさい!」という命令も、「純潔を守ると幸福になる。」という肯定形ではなく、「純潔を失うと不幸になる。」という二重否定になっている。
それはまさに、自分の娘の人格を否定していることの証明のようなものですし、そんな家庭環境だからこそ、その娘も、たとえ純潔を守って結婚したとしても、女性を否定的にみるような男性と結婚するハメになってしまうわけです。

(終了)
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発信後記

このメールマガジンでは「ダメダメ家庭」の具体的な行動や発言を個別に考えていくスタイルです。
別にどこかの家庭を「ダメダメ家庭だ!」と断罪することを意図していません。
「完璧なマトモ家庭」などこの世に存在しませんし、「完璧なダメダメ家庭」も存在しませんよね?

人間ができることは、それぞれの家庭の問題を一つ一つ確実に認識し、一つ一つ解決していくことくらいでしょ?

そのような「できることから始める。」「できることを確実にやる。」ことを放棄するから、やっぱりダメダメ家庭のダメダメスパイラルが進行することになっちゃうんですね。
あるいは「問題そのものを認識しようとしない。」場合もありますが・・・
R.10/11/16