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カテゴリー 認識からの逃避
配信日 04年2月27日 (10年8月22日 記述を追加)
タイトル 問題を認識しない
以前は、ヨーロッパの炭鉱では鉱山夫は坑道に入る時に、小鳥のカナリアを持っていきました。カナリアは空気の悪さに弱いため、坑道に有毒なガスなどが溜まって危険になると、人間より先に倒れて死んでしまう。だから、危険予知に役に立つわけです。

カナリアについては、日本でも、以前に、オウム真理教の建物を捜索する際に使われましたよね?

もしカナリアが鳴き止んで倒れたら、スグに坑道から避難すればいいのでしょうが、別の対応を取ったらどうなるでしょうか?

倒れたカナリアを揺すって「元気を出せ!しっかりしろ!!ガンバレ!!」と呼びかけたり、挙句の果てに「あ〜あ、もっと元気なカナリアだったらよかったのに・・・」と嘆いていたり・・・
そうやってカナリアを必死に励ましているうちに、事態がどうしようもなくなりますよね?こうなると、カナリアが命がけで知らせた環境の悪化がわからなくなっちゃいます。
結局は、坑道の中の作業員は全員死んでしまいますよね?
まあ、なんてバカなヤツ!!

しかし、ダメダメ家庭というものは、そのような笑い話を実践しちゃうんですね。
カナリアを励まし続けたバカな鉱夫の話にはケラケラ笑っても、やっぱり当人も同じようなことをするわけです。

子供が問題行動を起こしても、「しっかりしろ!」「何をやっているんだ!」と子供に対して怒鳴ったり、「あ〜あ、もっとしっかりした子供だったらよかったのに・・・」と嘆いたり・・・
本来なら、子供がその身をもって、その家庭の状態の悪化を知らせていると受け取ってもいいはずでしょ?

しかし、ダメダメ家庭では決してそのようには考えない。ダメダメ家庭の親は常に「自分は被害者だ!」と思っているわけですね。
「ああ!ワタシたちは、出来の悪い子供に当たった被害者だ!」
・・・まるで倒れてしまった弱いカナリアを嘆く鉱山夫みたいに・・・

子供から発現する問題行動の代表例となると、昨今では登校拒否などもそうですよね?
子供の登校拒否を嘆き、子供に叱咤激励を与える親は沢山います。しかし、子供としては身をもってその家庭の状態を知らせているわけです。
ここで、ちょっとした実例を取り上げてみましょう。

「中学生の娘が登校拒否になって、ワタシは困っているのよぉ・・・・」
『えっ?しかし・・・・アナタは以前に、同居しているお姑と折り合いが悪いって言っていたじゃないの?それに小姑もいて子供と仲が良くないって・・・それに婆さんが子供に干渉しすぎるって、以前にグチっていたでしょ?おまけに亭主とは会話がないって・・・それに爺さんが問答無用の封建的な人だって・・・』
「そうなのよ!それに加えて子供の登校拒否でしょ?全くワタシも運が悪いわ!!」
『・・・』

まあ、運が悪いとかの問題ではないでしょ?
しかし、ダメダメ家庭を作る人は「運が悪い」で納得しちゃうんですね。
その娘の登校拒否の段階ですぐに対応を取れば、まだ可能性もあるのでしょうが、ダメダメ家庭では登校拒否している子供に叱咤激励をするだけなんですね。

その娘がその後どうなるかなんて、ここで書く必要はないでしょ?

まあ、登校拒否に限らず、子供の様々な問題行動は、その家庭の状態を示すサインですよね?

問題自体を認識しないだけでなく、問題のシリアスさを認識しようとしないパターンもあります。まさに、「よくある、ふつうの」という枕詞をつけて、しっかり考えることから逃避してしまうわけ。
「たまたま」とか「偶然」とか、あるいは、「悪いのは全部○○のせい」と当人自身で勝手に納得してしまっているので、「何とかして、この事態を打開したい!」という強い思いとは無縁になってしまう。当人自身の問題のはずなのに、傍観者感覚になってしまって、余裕シャクシャク。

それこそ、子供の登校拒否のような事態においても、「自分の子供は登校拒否となっている。」という事態そのものはとりあえず認めても、「転校させればなんとかなるんじゃないのぉ・・・」とか、「高校に進学すれば、治っているわよ!」「まっ!時間が解決するわよ!」と、なんともお気楽に考えている。
しかし、トラブルの土壌とか雰囲気がそのままなんだから、多少のきっかけがあったとしても、本質的に改善されるわけがないでしょ?「時間が解決する」のは、実際にそうでしょうが、まさにカタストロフによる解決以外にはなくなってしまうわけ。

そんな人たちは、トラブルの本質となっている家庭の土壌なり雰囲気の問題を放っておいて、次に進学する学校についてや、どこに転校したらいいのかとか、他力本源で背伸びした話題をする始末。
足元の本質的な問題から逃避して、夢ばかりを見ているわけ。
抑圧的なダメダメ家庭においては、感情を抑圧しているので、危機感とか問題意識も抑圧している。だから、ノホホーンと、高望みをして、現実逃避してしまう。
石にかじりついても、これを達成したいという切実な目標は持っていないわけ。

そんな人が語る目標としては「ふつう」というもの。
逆に言うと、「ふつう」という目標を掲げることで、自分自身で考えることから逃避し、周囲の人に合わせるだけにしようとする。
自分で考えないんだから、目の前に大きな問題があっても、見なかったことにしてしまいますよ。

炭鉱の中でカナリアが倒れたら、「こんなことは、よくある、ふつうのことだ!」と勝手に納得してしまうだけ。そして、お茶でも飲みながら「あ〜あ、困ったことねぇ・・・」と呑気に嘆くことになる。
カナリアを励ましたバカな鉱山夫は、結果的に死んでしまいます。しかし、登校拒否の子供を励まし続けた親はなんともない。死ぬのは子供だけ。

そして子供が死んでしまった後で、その家庭の人はなんと言うでしょうか?
決まっていますよね?
「私たちは『ふつう』の家庭だった。どうしてこんなことに・・・」

だからダメダメ家庭の親は安心して、励まし続けるわけですね。

(終了)
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発信後記

カナリアを励まし続けた鉱夫をケラケラ笑う人や、あるいは本文中の実例を笑う人も意外と同じようなことをしているものですね。

そういえば、前回のお題では不快に思われた方も多くいらっしゃったようで、結構購読解者さんがいらっしゃいました。別にいいのですが、子供にはちゃんとした後見人?をつけることは悪いことではありませんよね?
R.10/8/22