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カテゴリー 様々な二重否定表現
配信日 05年10月30日 (10年12月28日 記述を追加)
タイトル 結婚してくれないと死んじゃうわ!
備考 「結婚してくれない」は否定形の表現。そして「死んじゃう」は意味的に否定形。だからこの「結婚してくれないと死んじゃうわ」は二重否定表現となります。
私個人は特にワイドショーネタには関心がなかったのですが、ダメダメ家庭の問題を継続的に考えるようになって以来、芸能人のワイドショーネタというものが、非常に参考になるようになりました。

そもそも芸能人は、ダメダメ家庭出身者に適した職業と言えます。
親から認められてこなかった子供時代の「思い」や「不満」や「苦悩」を、観客相手にぶつけて、自分を認めさせようとしているんでしょう。自己表現がそのまま仕事になるわけ。
そのこと自体は、決して悪いことではありませんよね?

ということで、芸能界にはダメダメ家庭出身者が多くなり、ダメダメ家庭特有の問題も、数多く起こってしまうことになる。

最近(05年)で興味深い騒動としては、あのテレビ番組の「水戸黄門」の初代の「格さん」を演じた俳優さんの離婚騒動です。
奥さんが大騒ぎをしている。
私はテレビはほとんど見ませんので、ウォッチしているわけではありませんが、その奥さんの騒ぎ方を見るにつけ、「ダメダメ家庭出身者の女性の典型的な行動だなぁ・・・」と、感じるわけ。クレーマーの女性によくある行動スタイルでしょ?
「ワタシは悪くない!」と連呼するばかりで、ひたすら被害感情を爆発させ、着地点を想定していない。これでは、解決できませんよ。
その奥さんがあまりに大騒ぎをするので、夫というか、「格さん」というか、その俳優さんが会見を開いて「そもそも『結婚してくれないと、ワタシは死んじゃうわ!』と詰め寄られたから、オレも仕方がなく結婚したんじゃないか!!」と、おっしゃっています。

その言葉の真偽はさておき、そして、詰め寄られたから結婚してしまう理屈や態度にも大きな問題があることは当然のこととして、この「結婚してくれないと死んじゃうわ!」なんて言葉は、いかにもダメダメ家庭周辺の言葉と言えます。
私のようなダメダメ家庭の人間と接触が多い人間の周囲には、その言葉を実際に体験した人もいたりするんですよ。
このメールマガジンをご購読されている方の中にも、実際に言われたり、言っちゃったりした方もいらっしゃるかも?
あるいは、ご自分の母親が言われたり、言ったり・・・そんなケースもあったりするのでは?
「お父さんが、『オレと結婚してくれないとオレは死ぬ!』なんて言うから結婚してあげたのに・・・・ブチブチ」。
あるいは、「ワタシは若い頃はモテて、『ボクと結婚してくれないと死ぬ!』なんて言う人もいたのよ!」なんて言葉を実際に聞いた方もあるのでは?

「結婚してくれないと死ぬ!」なんて随分物騒な言葉ですが、そんな言葉が飛び交っているのがダメダメ家庭というもの。
しかし、このメールマガジンをご購読されておられる方だったら、この物騒な言葉とダメダメ家庭の結びつきについてはある程度は理解できるでしょう?

1. ダメダメ家庭出身の人間は、「人に入れ込み」やすい。「この人は、自分の唯一の理解者だ。」と認定した人に入れ込んでしまい、ストーキングしたりするわけ。

2. ダメダメ家庭出身の人間は「人に入れ込まれ」やすい。ダメダメ家庭の人間の困難さを実感として理解しているので、「自分の苦悩の理解者」を捜し求めているダメダメ家庭の人間から、入れ込まれてしまうわけ。

3. ダメダメ家庭の人間は、意外と容姿端麗なケースが多い。両親が会話の能力ではなく、容姿を判断材料に結婚してしまったので、その血を引いて容姿端麗になってしまうわけ。だから、外見的魅力もあることも多い。結構、魅力的に見えたりするものなんですね。

4. ダメダメ家庭の人間は、子供時代から「愛に飢えた」日々だったので、「愛を求める」切ない表情を無意識的にしたりしているもの。そんな表情もそれなりに魅力的に見えたりする。

5. ダメダメ家庭の人間は、現実との適応性が悪い。だからどうしても「頼りなく」見えたりする。だから「ワタシが助けてあげないと!!」なんて、お節介なボランティア人間の格好のターゲットになってしまう。

6. ダメダメ家庭の人間は、妄想への親和性が高い。現実の世界では自分の意向が実現されないので、どうしても「恋に恋する」傾向を持っている。だから、人に入れ込むことになる。

「結婚してくれないと死ぬ!」なんて「言い出した側」は、勿論のことダメダメ家庭の人間であるとは言えますが、「言われちゃう側」だって同じようなダメダメ家庭の出身者なんですね。
だから、どうしてもダメダメ家庭の別の問題が出てくることになる。

そのまま結婚しても家庭内で会話があるわけではないし、トラブルが起こっても、それを当事者意識をもって解決することもせず、被害者意識の爆発が起こり、感情的に大騒ぎするだけ。まさに、今回の「格さん」の騒動そのまま。
もともとが、「恋に恋した」末の結婚なので、現実よりも自分の妄想を優先させることになる。
「自分の妄想と違っている」現実の方を、直そうとするわけです。
そうなってしまうとねぇ・・・

重要なことは、現実と向き合うことでしょ?しかし、何回も書いていますが、ダメダメ家庭の人間は妄想との親和性が高い。「入れ込む側」も「入れ込まれる側」も、現実よりも妄想を向いている。だから、この「結婚してくれないと死ぬ!」なんて言葉を言ったり言われたりした人が作った家庭は、たとえ、そんな言葉を言った人とは結婚せずに、別の人と結婚しても、やっぱりダメダメ家庭を作ったりする。だって、会話ができない人たちなんですからね。当然でしょ?

そんな言葉を実際に体験した人間とは距離を置くことが重要になるわけです。と言っても、「距離を置いたら死んじゃう!」という人たちなんだから、距離を取るのも難しい。少なくとも、知人のような間柄だったら、上手に距離を取ることに配慮する必要があるわけです。残念ながら自分の親が、その言葉の直接的な体験者だったら、子供としては、それを自覚するしかありません。そのまま結婚するしないに関わらず、そんな言葉に関わるような人は、ダメダメ家庭を作っているわけです。自分たちの家庭がダメダメであることを自覚しないと、出身家庭と同じようなダメダメ家庭を作ってしまうんですね。

しかし、そんな『結婚してくれないと死んじゃう!』という言葉に関わった親に限って、「ワタシはふつうの家庭を築きたいだけだ。」と言っていたりするもの。そもそも、現実の問題と真摯に向き合う覚悟があり、現実の問題にしっかり対処している人だったら、「結婚してくれないと、死んじゃうぞ!」なんて、言われること自体がありませんよ。そんな妄想いっぱいの浮ついた人は寄っても来ませんよ。
「ふつうの家庭を築きたい。」という言葉で、目の前の現実と向かい合うことから逃避するような人間だからこそ、妄想に胸いっぱいで現実逃避の同類から入れ込まれてしまうわけです。

「ふつう」の、と言うか、どこにでもいるような一般的な人は、たとえ容姿端麗であっても、『結婚してくれないと、死んじゃうぞ!』なんて、そもそも言われるわけもない。
そんなことも自覚せずに、「あ〜あ、ふつうの家庭になればいいなぁ・・・」と他人事風に願望を語るだけの人間だから、人から入れ込まれ、ダメダメ家庭を作ることになる。
現実逃避の夫婦は、破れ鍋に綴蓋と言えるわけですが、いつまでもそんな微温的な状態が続くわけがない。新たに家庭を持ったら、夫婦のどちらかが現実と向き合う必要がある。しかし、現実逃避夫婦は、夫婦そろって現実から逃避するばかり。結局は、ちょっとしたトラブルを放置して、ニッチもサッチもいかずドッカーンとなってしまう。
あるいは、早々に子供を作って、子供に面倒を押し付けることになる。
しかし、現実逃避の親から現実での面倒の処理を託されても、子供としては対処できませんよ。だから、子供の側からトラブルが起こることになる。

そうなってくると、現実逃避のダメダメな親は、「ワタシはただ、ふつうの家庭を作りたかっただけなのに・・・」とのお約束のグチになってしまう。
前にも書いていますが、「結婚してくれないと、死んじゃう。」と言われる時点で、「ふつう」じゃないんだから、本来は相当の警戒をする必要があるわけですが、そんな警戒からも逃避してしまうのが、この手のダメダメ人間というもの。
まさに、この言葉は、現実との適応性の低さにつながっているわけです。

「結婚してくれないと、死んじゃうぞ!」なんて言う側としては、それだけ自身のアンデンティティのすべてを、「その人」の存在に依存しているということでしょ?
まさに、「相手から依存されるという関係性に依存する。」という共依存状態そのものですよ。
まずは、そのような当人自身の心理的な空虚感を直視する必要があるわけです。
そうでないと、今回の「格さん」のように、トラブルになるだけですよ。

その言葉を受けて、実際に、そのまま結婚してしまった夫婦は、事件を起こしたりすることが多くあります。
今回の「格さん」のような芸能人だけでなく、もっと有名な例はロシアの作曲家チャイコフスキーのケースです。チャイコフスキーは、あの「白鳥の湖」や「くるみ割り人形」などの作品を作曲した人です。

彼は、とある女性から「ワタシと結婚してくれないと、ワタシ死んじゃうから!!」なんてストーキングされて、押し切られ、結局は結婚してしまいました。当然のこととして結婚後うまくいくわけもなく、その女性に、精神的に追い詰められて、川に入水自殺をするハメになりました。「結婚してくれないと死んじゃう!」という人の言葉を受け入れて、実際に結婚したから自分が死ぬハメに・・・これじゃあ、笑うに笑えない。

「ワタシだけがアナタを守って上げられる!」なんて、ダメダメ家庭のご用達の「独りよがりの善意」そのものですよ。そんな善意では、現実の世界ではうまくいくわけがありませんよ。まあ、チャイコフスキーのケースだったら、「ワタシがアナタのホモを治してあげるわ!」なんて、その女性は言ったんでしょうね。

「アナタのホモを治してあげるわ!」なんて、要らぬお世話の代表でしょ?
「女のワタシにはわからない世界だし、ワタシではアナタの役には立たないでしょうけど、まあ、話でもしたくなったら何時でも来てよね!」でいいじゃないの?

まあ、チャイコフスキーも偽装とかが必要だったのでしょうから、結婚したのでしょうが、そんな女性と一緒にいても精神的に追い詰められるだけなんですね。
しかし、チャイコフスキーは芸術家だから、その苦悩を作品にするという奥の手がある。
交響曲第5番なんて、自殺騒動の後に作曲された曲です。

今回の「格さん」は、自分と同じ境遇に陥ったチャイコフスキーの交響曲第5番第2楽章にあるホルンが奏でる有名な「やるせない」旋律を、共感を持って聞いているのかな?
いや!「格さん」だったら別の旋律かな?
「人生ラクありゃ、苦もあるさぁ・・・♪」

(終了)
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発信後記

まあ、一般の人は「ワタシと結婚してくれないと死んじゃうわ!」なんて言われても、そんな人とは結婚しないもの。マトモな感覚が残っていれば「この人・・・キモチ悪い!」って、思うものでしょ?

ただ「脛に傷持つ」人間だったら、それに乗っかってしまうこともあるんでしょう。それこそチャイコフスキーのような同性愛者だったら、乗っちゃうこともあるんでしょうね。
逆に言うと、「結婚してくれないと死んじゃう!」なんて言ったりする人と、実際に結婚してしまった人は、何か「脛に傷」があるわけです。
今回の「格さん」だって、きっと何かあるんでしょうね。

もしかすると、チャイコフスキーと同じような趣味?を持っていたとか・・・こうなると、想像が膨らんできたりする。実は「助さん」も、同じ趣味で・・・「助さん」「格さん」は「深い」間柄で・・・そして2人は麻薬中毒で・・・医者の黄門さまと一緒に、治療のために諸国漫遊していたとか・・・って、そんなマンガ(最近映画化されましたが)も、ありましたよね?
「真夜中の助さん、格さん」って、こちらも映画ができそう。

まあ、今回の「格さん」も、折角、こんなおいしい体験をさせたもらったわけですから、それこそ作品でも作ればいいのに・・・
「先輩」のチャイコフスキーにならって、自らの宿命を呪い、その宿命に打ちのめされ、ひとときの美に逃げ込み、救われたと思ったらまた打ちのめされる・・・そんな懊悩する魂を永遠に残す絶好のチャンスですよ。
勿論、自分自身を厳しく見つめなおすことが最初ですが。
チャイコフスキーが命がけで表現したのは、決してグチではないわけ。
R.10/12/28