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カテゴリー ダメダメ家庭が持っている発想
配信日 07年9月14日 (10年11月11日 記述を追加)
タイトル 根拠のない自負心
19世紀の世紀末にウィーンで活躍した指揮者で作曲家のグスタフ・マーラーは、「彼は信念を曲げないために、膝や腰などはいくらでも曲げた。」なんて言われたそう。
彼はユダヤ人でしたが、ウィーンの歌劇場の音楽監督になるために、カトリックに改宗もいたしました。彼は熱心なユダヤ教徒ではなかったとは言え、あっさりとカトリックに改宗したわけ。
まさに、目的のためなら、やれることは全部やる・・・そんなスタンス。

そんなマーラー時代のウィーン宮廷歌劇場は、全盛時代と言われることになります。

特に歌劇場の監督となると一筋縄ではいかない。それぞれの歌手には「ごひいき筋」などもいたりして、扱いが面倒。根回しとかが色々と必要になってくる。宮廷歌劇場なんだから、ごひいき筋といっても貴族だったり王族だったりと、扱いも厄介。芸術分野といっても、やっぱりお金の問題だってある。あと、やっぱりマスコミ対応をしなくてはならない。当然のこととして、指揮者として、オペラを上演する直接的な力量がなければ、問題外。
「オレの言うことを黙って聞いて従え!」
なんて問答無用のスタイルでは、とてもじゃないけど、歌劇場の監督は務まらないわけ。

まあ、目的を達成するためには、膝だろうが腰だろうが、いくらでも曲げないとね。
しかし、それって、達成したい目的が明確になっているからできることでしょ?「これだけは達成したい!」なんて思っている目標がなければ、膝も腰も曲げたくはありませんよ。
何も卑屈なことがいいことではないでしょ?

ダメダメ家庭の人間は、当事者意識がない。このことは、このメールマガジンで頻繁に書いています。「これだけは達成したい!」なんて明確な目標なんてものは、そもそも持っていないわけ。
だからこそ、逆に、膝や腰を曲げる必要もなくなる。

つまり、ある意味において、プライドが高い人になるわけ。

「自分は気安く腰を曲げるような人間じゃないんだ!」
そう思うのは当然ですし、何も無理に安っぽい人間になる必要もないでしょう。

「無理に腰を曲げなくてもいいけど、じゃあ、アナタにはどんな目標があるの?」
そういう話になるでしょ?
そして、どうしても達成したい目標自体がないのなら、当然のこととして、そんな人は何も達成できないでしょ?
何も達成したことがない人は、当然のこととして、自分に自信は持てませんよね?

自分に自信を持っていない人のプライドって、いったい何?

しかし、そんな人は、自分に自信がないからこそ、プライドにすがらざるを得ないわけ。だって、プライドがなければ、自分を支えるものがなくなってしまうでしょ?
かと言って、そのプライドは本当の自信に裏づけられたものではない。だって実績が何もないんだから。

しかし、だからこそ、ますます、「オレはえらいんだ!」などと、主張せざるを得ないわけ。

以前より頻繁に取り上げています、韓国の歴史教科書ですが、その中に「民族的自負心」なんて言葉がよく出てきます。正直言って、この私には、この「民族的自負心」という言葉の意味がわからない。その民族とやらが、具体的にどんなことを達成したの?誇ることができる成果は具体的に言うと何なの?

しかし、そんな具体的な成果が無いがゆえに、「自負心」ということを掲げざるを得ないわけ。
その民族が実際に達成したものがあるのなら、その達成したものを、具体的に示せばそれでオシマイですよ。何も「民族的自負心」なんて訳わからない言葉を持ち出す必要なんてありませんよ。

それこそ、最初に言及したマーラーですが、「オレの治世で、ウィーンの歌劇場はこんなに成果を上げているじゃないか?」と具体例を挙げて説明すれば、聞いている方もわかりやすいでしょ?絶賛された公演とか、新作の初演とか、そんな成果を例示して説明すればいいだけ。何も自負心なんてわかりにくい言葉を持ち出す必要なんてありませんよ。

まあ、ダメダメな人が、根拠のない自負心にすがっているのは勝手でしょう。しかし、何も実績や成果もないのに、「オレたちはエライんだ!」と思っているので、やがてこうなってしまう。
「こんなにエライ我々なのに、上手くいかないのは○○のせいだ!」
まあ、韓国人などは、その典型でしょ?

そして、「悪いのは全部○○のせいだ!」と誰かを犯人認定して、ますます、何もしないわけ。だって悪いのは自分のせいではないんだから、当人自身では何もする必要はないでしょ?
ということで、ますます成果が上がらず、ますます、自負心なるものにすがらざるを得ない。
その自負心は、自分の成果を肯定したものではなく、成果がない自分を「見ないようにしている」だけの、二重否定的なものなんですね。だから、肯定の精神からは遠いわけ。肯定の精神から遠いので、ますます成果を上げられない。

あの人・・・なんかプライドが高い人だなぁ・・・と思わされる人って実際にいるでしょ?その人が、様々なことを実際に達成しているのなら、そんなプライドも意味があるでしょう。しかし、実際に成果を出している人は、そんなプライドが前面に出てくるというより、いわば余裕のある感じでしょ?プライドではなく自信のオーラですよね?

それにプライドが高いだけでは、成果なんて上げられませんよ。必要に応じて、膝も腰も曲げないとね。

絶対に腰を曲げない妙にプライドが高い人は、逆に言うと、自分の腰を曲げてでもやり遂げたいものがないわけ。当事者意識のないダメダメ家庭の出身者は、トラブルを起こさないようにと「人に合わせよう」と無理に卑屈になったり、逆に、根拠のない自負心を前面に出してきたりするだけ。
まあ、だからこそ、何も達成できないんですが。

今回の文章のタイトルである「根拠のない自負心」という言葉ですが、「自分にはこんな成果がある。」と言える状態だったら、つまり、それなりの「根拠」がある状態だったら、それは自負心ではなく、自信となるでしょ?
具体的な成果があれば、自信になり、
成果がなければ、自負心によって、自分をごまかすことになる。

しかし、具体的な成果がない場合には、そんな人とのやり取りにおいては、具体的な各論から逃避してしまう。まさに、韓国の歴史教科書がそうであるように、一般論的で概括的なものになってしまう。
だって、具体的に記述できないし、無理に記述すると、それが自分の業績ではなかったり、客観的な業績とは言えないような主観的なものでしかないことがわかってしまうでしょ?だから、どうしても一般論を連呼するだけになってしまうわけ。
強圧的な物言いをして、やり取りが具体的な各論になるのを避けようとするわけ。

落ち着いて具体的な各論ができるためには、自分なりの成果なり、あるいは、自分が達成したい成果を自分で分かっていないとできないこと。
逆に言うと、その自分なりの成果について考えることから逃避しているがゆえに、何も成果がなく、ますます自負心にこだわり、プライドが高い「威張りんぼさん」になってしまう。
周囲の人にとって見れば、そんな「威張りんぼさん」とのやり取りが楽しいわけがなく、結局は、周囲からの協力が得られず、そんな「威張りんぼさん」はますます成果とは無縁になってしまう。

現在その状況に陥っている典型が、日本のマスコミの業界といえるでしょうね。
彼らの成果は何なのか?
それを彼ら自身でわかっていないのでは?
というか、具体的にいうと、どんなことが成果なんだろう?

10年9月に起こった中国漁船の衝突事件において、その映像が動画投稿サイトに流れた事件がありましたが、そのような映像情報は、本来なら、日本の「ジャーナリスト」が入手し、国民に対し公開していくことが、ジャーナリストの仕事であり、それがその人たちの成果になるのでは?

国民の知る権利とか、政府に対するチェック機能とかの一般論的で概括的な話を連呼するよりも、国民にとって、示唆的な情報を提供していくことこそが、彼らにとっての成果でしょ?
メディアというものは、まさに媒体であって、それ独自の成果というか業績の位置づけは難しいところがある。
しかし、だからこそ、自分たちなりに、自身の成果について考えていかないとね。
映像による情報量にこだわるのもいいでしょうし、情報の速報性のパターンもあるでしょうし、文章による知的な洞察のパターンでもいいでしょう。しかし、「自分たちは、こんな情報を提示することができた。それが成果だ。」と明確に言えないようだったら、本当の自信を得ることができず、根拠のない自負心にすがってしまうだけ。

自負心にすがるのはいいとして、具体的な各論からますます逃避してしまっているので、相互理解には至らず、誰からも信頼されていない状況になってしまう。
だから、メディアにとっての生命線である、情報入手の段階でコケてしまっている。
中国漁船の映像も、日本のメディアが素通りされてしまっている。

前にも書いていますが、メディアというものは、媒体であり、その意味どおりに、素通りされたら、何の価値もないものでしょ?
成果がないがゆえに、根拠のない自負心にすがってしまい、ますます成果とは縁遠くなってしまっているそんな姿は、当事者意識のないダメダメ家庭の典型的な姿とも言えるでしょ?
逆に言うと、プライドが高いのに、具体的な成果が示せないような人は、当事者意識がない人といえるでしょ?
しかし、具体的な成果がないがゆえに、ますますプライドだけが頼りになってしまうわけです。

(終了)
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発信後記

先日の安部総理の辞任には、ビックリしました。
所信表明の直後に辞任なんて・・・シュールそのもの。

今回のメールマガジンのお題は、その安部さんの発想を考えるのに役に立つと思います。
彼って、はっきり言って何も実績がない人。だからこそ、プライドにこだわらざるを得ない。
石にかじりついても・・・なんて気迫がない。

まあ、安部さんの周囲の人は、健康問題にしてしまいたいようですが・・・
いかにも口裏を合わせてます、って、雰囲気ですものね。
本当に健康問題なら、もっとタイミングを考えることもできるでしょう。それに入院してから辞任表明すれば、それなりに格好が付くわけですし・・・
気力云々もあるでしょうが、この場合でも、入院でもして、その後辞任すればいいだけ。
というか、精神的ストレスで体調を壊したのなら、モンゴルに行って温泉治療でもしたら?
「仲間」と一緒に温泉治療。一緒に背中を流しっこしたりして・・・ほのぼのだねぇ・・・

以前に民主党の党首選びで、「アタマの軽いボーヤがバカばかりやったので、その反動が起こって、次には、経験豊かで重みがある人にやってもらいたい。」という心理に向いてしまうことを書いたことがありますが、政党が違っても、人間の心理は変わりませんよ。
まあ、自民党の人も、「お軽いバカは、もうこりごり!」って思っているはずですよ。

選挙の顔がどうのこうの・・・なんて考えている心理的な余裕なんてありませんよ。
トップのオバカのせいで、現実では、その下の人間の方にストレスが来るもの。それなのに、先に入院なんかしてしまって・・・ということで、ますます怒ってしまうのが、人間というもの。
これはどんな組織でも同じなんですね。
R.10/11/11