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カテゴリー 「入れ込み」「入れ込まれ」問題
配信日 07年5月22日 (10年6月29日 記述を追加)
タイトル 疎外感の共有
ダメダメ家庭の人間は、「入れ込み」「入れ込まれ」の事態になることが多い。
このことは、このメールマガジンで頻繁に書いています。
「オレのことをわかってくれるのは、オマエだけ!」
「アンタのことをわかっているのは、このワタシだけ!」
「オレたちは、お互い必要な間柄だろ!」

そうやって、人に入れ込んだり、人から入れ込まれたりするわけ。

「入れ込み」「入れ込まれ」に陥るには、お互いが、ある種、同じ病であること。つまり同じように世間から受け入れられないという意識があるから生まれるわけです。
「オレたちは、世間に受け入れられないハズレもん同士じゃないか?!」
単に趣味が一緒とか、一緒にいると楽しいとかの問題ではないわけ。いわば疎外感の共有という状態なんですね。
プラス方向で共有しているのではなく、マイナス方向を共有しているわけです。

まあ、ちょっとした疎外感を共有しているくらいならまだしも、「入れ込み」「入れ込まれ」状態になってしまうと、収拾がつかない。
それに、疎外感を共有している間柄と思っているので、片一方が、世間から受け入れられると、その関係は崩壊してしまう。

片一方が自立すると「アイツの唯一の理解者」という、自分のアイデンティティが崩壊することになってしまうでしょ?だから、入れ込み状態にある人間は、「入れ込み先」の人間が、自立することを妨害するわけ。
そのような状態が、比較的軽度だったら、「ウチの子はいつまで経っても甘えん坊で・・・親であるこのワタシがずっとついていないとダメだわ!」と周囲に語るバカ親の状態と同じ。
あるいは、「あの人たちは、いつまで経っても自立できない・・・だから我々がいつまでもついていないといけない!」と自分の善意を主張し、相手に干渉し続けるボランティア人間とも同じ。

バカ親も、ボランティアの連中も、深層心理的には、「相手先」には自立してほしくはない。まさに共依存状態にあるわけ。ただ、疎外感の共有という事態まで行っていないレヴェルの状態だったら、相手先が自立できないだけで、事件にはなりません。おもちゃとして相手をダメにしてしまって、ダメダメが全く改善しないというだけ。だから事件が起こるのは次の世代ということになります。それに対し「入れ込み」「入れ込まれ」状態になると現世代で事件が起こってしまう。

しかし、「お互い疎外感を共有している同士だったら、一緒になって自立のために協力していけばいいじゃないの?」
そのように考えるのはもっともですが、ダメダメ人間はそのように考えない。

入れ込みとは「ワタシこそが、あの人のことを、分かってあげられる。」という心理であって、「ワタシこそが」が入っているので、自分以外の人間を排除しようとする。
本来なら、自分が好きな人が、多くの人と仲がいいことは、うれしい話でしょ?
しかし、入れ込み状態だと、逆になるわけ。
自分が好きな人が、周囲の人から相手にされていないがゆえに、うれしい状態。
それこそ、男女の不倫関係で、相手方の家庭を破壊しようとする女性がいたりするでしょ?
本当に、相手の男性が好きなら、相手の家庭を壊すよりも、一緒になって逃亡するなり、相手の妻と話を持つしかないわけですが、相手の男性の「受け入れ先」「居場所」「逃げ場所」を破壊することで、「ワタシこそがわかってあげられる」という状況を強化しているわけ。
そんな人は、自立というものを、その深層心理的には、求めていない。
お互いが依存しあう関係を求めているわけです。
たとえば、ボクシングの亀田父親は、自分の息子たちが、周囲の人から嫌われていることを求めているでしょ?
子供たちが、周囲の人から嫌われているがゆえに、親子の結びつきも深くなってしまう。
ダメダメ人間としてはそれがうれしいわけ。
これでは、自立どころではありませんよ。

それに、自立するための、現状認識なり自己認識なり、あるいは、自分の希望を掲げることに対して心理的な恐怖感を持っているのがダメダメ人間。
そもそもダメダメ人間は被害者意識が強い。「ワタシたちは、かわいそうな被害者なのよ!」と確信している。自分は被害者なんだから、自分が率先してアクションを起こす必要なんてないじゃないの?加害者であるアンタ達が何とかしてよ!
そのように思っているわけ。

それに、自分で判断して、行動したら、後になって「ワタシは悪くない!」なんて言えないじゃないの?

結局は、疎外感を共有しているもの同士が、グチも共有しあって、意気投合し、「入れ込み」「入れ込まれ」の間柄になってしまう。

「入れ込み」「入れ込まれ」の間柄なのはいいとして被害者意識があるので、結局はお互い同士で「どっちがより大きい被害を被ったのか?」と被害者競争になってしまうわけ。
「オレの方がオマエよりも、大きな被害なんだ!」
「オマエはオレよりも恵まれている!」
「だからオレの言うことを聞くんだ!」

かと言って、会話の能力のないダメダメ家庭なんだから、自分の被害を主張するにも、言葉を使って説明していくようなやり取りにはならない。相手をつるし上げることによって、相手を犯人認定して、「自分の方が、かわいそうな被害者なんだ!」と主張したりするわけ。
と言うことで、まさにドメスティック・ヴァイオレンスのような事態になってしまう。

さて、先週は色々な事件がありました。
熊本県の「赤ちゃんポスト」の事件は先週だったかな?
あと、このメールマガジンでも取り上げましたが、福島県での母親殺害事件もありました。あと、愛知県での立てこもり事件もありました。

愛知県の立てこもり事件は、典型的に「入れ込み」「入れ込まれ」の状態でしたよね?
犯人もせっかくヤクザ屋さんなんだから、何も50歳の古女房なんて放っておけばいいじゃないの?お金はあるんでしょ?だったら、高級クラブできれいなネーチャンはべらせて豪遊すればいいじゃないの?何が哀しくて古女房とヨリを戻す必要があるの?
お金がないのなら、自宅に立てこもるよりも、せっかく拳銃を持っているんだし、銀行でも襲撃した方が建設的ですよ。自宅に立てこもっても、お金にはなりませんよ。

いったい、あの犯人は何をしたいの?

しかし、まさにそこなんですね。
「自分が何をしたいのか?」自分でもわかっていないわけ。あの手の人たちが求めているのは「ワタシに構って!」ということ。だから交渉を打ち切られ、構ってもらえない事態になると、立てこもるものも止めてしまう。イヤぁ・・・ヘタレそのものですよ。そんなヘタレが、唯一主張したいのは「自分がかわいそうな被害者であることをわかってほしい!」というもの。
その主張は、以前に中国で起こった反日暴動の参加者も言っていました。ダメダメに典型的な心理なんですね。

その手の人は「お金がほしいから、被害者認定を求める。」のではないわけ。
「被害者認定がほしいから、お金を求める。」そんな発想なんですね。

しかし、そんな発想だから、ますます周囲から「で、結局は、アンタはどうしたいの?」と思われるだけで、ますます周囲からの疎外が強まってしまう。だからこそ、ますます疎外感の共有を求めるようになり、「入れ込み」「入れ込まれ」状態が深まってしまう。

被害者意識が強いから、つまり「自分はかわいそうな被害者なんだ!」と思っているから、他者にどんな迷惑を掛けても平気。
あの愛知県の事件の犯人も、そんな心理なんですね。

さすがにあのレヴェルだと、一般的ではありませんが、あの状態の軽度なのが、「ウチの子はいつまで経っても甘えん坊で・・・」のバカ親だったり、「あの人たちにはワタシが必要だ!」と主張するボランティアの連中だったりするわけ。
そのような人たちも、ちょっと状態が悪くなると、あのような事件を引き起こす可能性も少なからずあるわけです。精神の土壌としては共通しているわけ。

そんな人間からは早めに距離を置くことが必要になるわけです。
もし、一緒になってグチっていると、どうなるか?
まさに、あの奥さんのような目にあってしまうわけ。

ダメダメ家庭の人間が引き起こす事件って、ダメダメの基本がわかっていると、意外なほどにわかりやすいもの。逆に言うと、そんな状態にならないようにすることは簡単なんですね。一緒になってグチっていたり、一緒になって他人の悪口で盛り上がっていると、「アンタはワタシのことをよくわかってくれているわ!」なんて認定を受けてしまう。
そんな認定を受けてしまったら・・・そうは簡単に逃げられませんよ。

(終了)
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発信後記

今回のタイトルの言葉「疎外感の共有」ですが、この言葉は、意味的に矛盾しています。
疎外感が共有されれば、それは疎外感ではない。
そんなことは、日本語がわかる人なら、「指摘されれば」スグに理解できること。

まあ、そんな言葉を聞いても、何となく素通りしてしまっても、これはこれでしょうがない。一般の人は、そんなに言葉に対して鋭い必要はありませんよ。
短期的には、そんな「疎外感の共有」状態でも、そもそも本質的に矛盾した状態なんだから、いずれはドッカーンとなってしまう。

ちょっとした言葉に注目するだけでも、結構見えたりするものなんですよ。
R.10/9/9