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カテゴリー ダメダメ家庭が子供に与えない体験,境遇
配信日 09年8月5日 (11年1月17日 分離独立)
タイトル 子供体験
 追記 張りつめた子供」から分離独立 (11年1月17日)
ダメダメ家庭の親は被害者意識が強い。
自分こそが一番かわいそうな人間だと確信している。
そして、自分の子供は親である自分よりも恵まれていると、盲目的に確信している。
そして、親である自分は、子育てという面倒を子供や社会から押しつけられた認識している。
つまり、ダメダメ家庭においては、親は被害者であり、自分の子供は加害者となっているわけです。

このサイトで頻繁に書いていますが、児童虐待もその心理的な構図になっているわけです。
虐待する側の親は、被害者の当然の権利として、加害者たる子供に復讐しているという意識になっているわけです。
だからこそ、その手の事件では、子供の側が「ごめんさない!」と親に言っているものでしょ?それだけ、子供が加害者という大前提となってしまっているんですね。

子供が加害者で、親が被害者なんだから、被害者である親が、加害者の保護をするわけがない。ダメダメ家庭においては、親は支配者であっても、保護者ではないわけです。
だからこそ、そんな家庭で育った女性がドメスティック・ヴァイオレンスのような状況になっても、実家は頼れない。
それについて、その女性が周囲の人から質問されると、「だって、親に迷惑をかけたくないから・・・」と言い出す。
保護者だったら、子供のサポートをするわけですが、支配者だったら、被支配者のサポートはしませんよ。「親に迷惑をかけたくないから・・・」という言葉が出てくると言うことは、その家庭の親が子供にとって支配者だったということ。
しかし、そんな家庭環境だからこそ、そこで育った女性が、「なじみ」のキャラクターといえる支配者的なキャラクターの男性と結婚してしまうわけです。

ダメダメ家庭においては、支配者はいても、子供を保護する者はいない。
いわゆる、学校などの用語的に使われる保護者・・・つまり親という肩書きの存在はいても、その内実としては、支配者であり、その親自身としては子供からの被害者という位置づけなんですね。
実質的に保護者がいないんだから、子供としては、全部のことを子供自身で対処していくしかないじゃないの?
ヘタに親を頼ったら、「そんなことは、オマエ自身で何とかしろ!」「いったい、誰のために、ワタシがこんなに苦労をしていると思っているんだ?!」と文句を言われるだけ。
こんな状況なんだから、ダメダメ家庭の子供は、子供体験と無縁となってしまう。

子供が、子供時代に一番やらなければならないことは、子供体験でしょ?
だって、子供体験は、子供時代でないとできませんよ。
いい歳をした大人が、子供体験を楽しんでいるとシャレにならない。
勉強も、スポーツも、大人になってもできることですよ。

じゃあ、子供体験って、いったい何?

細かく定義つけることはできませんが、だいたいこんなことでしょ?
甘える体験だったり、気を使わなくてもいい時間だったり、考えなくてもいい状態だったり、お金のことなどを心配しなくてもいい状態だったり、希望を持って未来を語れる状態だったり・・・
あるいは、いざとなったら、親が守ってくれるという安心感だったり・・・
そんなものですよね?たまにモラトリアムなどと言われたりしますが、子供と言うものは、そもそもモラトリアムなのが基本ですよ。逆に言うと、そんな期間を経て、責任を持った大人になれるんでしょ?

しかし、前にも書いているように、ダメダメ家庭においては、親は「子育てという被害を背負わされたかわいそうな被害者」という自己認識となっている。だから子供を保護したり、あるいはサポートしようなんて、もともと思っていない。何回も書きますが、ダメダメな親は「親である自分こそが、一番かわいそうなんだ!」と確信している状態。「かわいそうなワタシたちが、どうして子供のことなんて考えなくてはいけないの?!」ダメダメな親はそう思っている。
と言うよりも、「子供ができたせいで、ワタシはこんなに面倒を背負い込まされた。」と、ダメダメな親は子供を犯人認定している。犯人のサポートをする被害者なんてヘンでしょ?だから、加害者の側の当然の義務として、親の面倒を子供の側がすることになってしまう。だから子供の側が率先して、家庭の外との現実社会と対峙して、色々と気を使って考えなくてはならない。

つまり、ダメダメ家庭においては、子供の側が親を保護するような状態になっていて、とてもじゃないけど、子供体験ができないわけです。
子供体験をしていない子供だからこそ、周囲の子供と感性なり常識を共有できない。周囲のモラトリアム状態の子供たちと気軽にワイワイ遊ぶこともできない。
周囲の子供と一緒にいても、ダメダメ家庭の流儀に従って、「問題を起こさないように」「親に迷惑をかけないように」と、気を使ってしまう。

周囲に対して過剰に気を使う姿勢が、ますます子供っぽさから遊離してしまう。
いわば周囲の子供から異端者状態になる。
と言うことで、周囲の子供たちからイジメにあってしまう。
あるいは、そうならないために、周囲を伺い必死に政治的に行動することになる。そんな政治的な行動は、子供っぽさとは対極ですよ。だから、外見的にはともかく、その心理として、ますます、子供っぽさとは無縁になってしまう。

子供がそんな状況になっても、「自分は子育てという義務を背負わされたかわいそうな被害者」という自己認識のダメダメな親がサポートしてくれるわけもなく・・・ダメダメ家庭の流儀に従って、子供だけで解決しようとして無理をして、さらに気を使ったり、あるいは、「窮鼠猫を噛む」でドッカーンとなってしまう。
子供時代にドッカーンとならないまでも、そんな精神的な疲労の日々が積み重なるとどうなるのか?
そんなことは誰でも分かることでしょ?

子供体験がないからこそ、子供時代から卒業できず、アダルトチルドレンになってしまう。
そもそも、子供体験に「入学」もしてないんだから、「卒業」できるわけがないじゃないの?
形の上では大人になっても、子供時代に子供体験をしてきている一般の人たちと会話が成立するわけもない。だから、人に合わせる姿勢がますます加速して、ますます気を使い、ますますストレスになってしまうだけ。そして、精神的な疲労がますます積み重なるだけ。

子供体験は子供時代にしか体験できない。
だから、ダメダメ家庭出身者においては、このような問題は解決不可能なんですね。
せめて、それを自覚するしかないわけです。

しかし、現実的には、親に迷惑を掛けないようにということで、周囲に合わせてばかりの日々だったので、自分自身では何も考えないことが習慣化してしまっている。
だから、何も考えないままで突っ走り、自分の心の空虚感が共鳴すると、その人に入れ込んだりしてしまう。
あるいは、何も考えないままで、ただ流れのままで結婚してしまって、流れのままで子供を作ってしまい、子育てにおいても、何も考えないでもできてしまう「なじみ」の流儀を繰り返すことになる。
そもそも子供体験をしたことがない人が、自分の子供を育てることができるわけもない。
ただ、「ふつうにしろ!」と親譲りの要求を子供にするばかり。

その「ふつうにしろ!」は、「ふつうの外見」を維持しろという意味であって、逆に言うと、「周囲の子供の振る舞いを何とかして真似ろ!」という意味になるでしょ?
「周囲の子供の振る舞いを必死に真似ている」子供が「ふつう」の子供のわけがないじゃないの?

ということで、そんなストレスが積もりに積もって、いつかは爆発してしまうわけです。
そして、そんな事件があった後で、その子供の周囲の大人は、「ふつうの子供に見えたのに、どうしてこんなことを?」とのボンクラにお約束のコメントとなる。
そんな流れはダメダメ家庭の周囲にはいつも起っていることでしょ?