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カテゴリー ダメダメ家庭の対抗心
配信日 07年4月20日 (10年5月29日に記述追加)
タイトル 報復
ダメダメ家庭の人間は被害者意識が強い・・・って、もうお約束の書き出し。
「自分はかわいそうな被害者なんだ!」
日頃から、そのように確信している。
何か不都合な状況になっても、自分で問題を解決することはせずに、「まあ!ワタシって、何てかわいそうなの?!」と自分を哀れむばかり。

そして、「自分がかわいそうな被害者」であることを、自分自身や自分の周囲の人に認めさせるために、「犯人探し」に明け暮れている。周囲の人たちのあら探しをして、欠点を見つけ出して、そして勝手に犯人として認定し「みんなアイツが悪いんだ!」→「ワタシはかわいそうな被害者なんだ!」という論理になるわけ。
このようなことは、このメールマガジンで頻繁に書いています。
前回の「つるし上げ」も、この典型。
集団で少人数の人間をつるし上げることによって、「コイツが加害者だ!」→「ワタシたちは、かわいそうな被害者なんだ!」となり、自分自身の被害者意識を満足させてしまう。

前回取り上げた「つるし上げ」もそうですが、もともとは被害者意識から来ているので、その犯人認定の行為も、「自分が受けた被害」に対する「報復」であると自分たちは思っている。自分なりに正当な行為だと思っているわけ。
「自分たちはアイツらからこんな被害を受けた!」→「だから、アイツらに報復するんだ!」

逆に言うと、そのような「報復」行為は、自分たちは被害を受けた側、つまり「かわいそうな被害者」であることを「認定」するための行為であり儀式なんですね。
報復行為をしながら、「コイツらのせいで!コイツらのせいで!」と自分自身に納得させるわけ。そして、周囲の人に対しては、「ねぇ!ねぇ!ミンナ見てよ!コイツらのせいで、ワタシは上手く行かないのよ!」と、報復行為を見せることによって主張しているわけ。

報復行為も、たまにはあるでしょう。「やられたら、やりかえす!」なんてありますよね?やられたままだったら、また、同じ目にあうかもしれない。予防的措置として、ある種の「報復」も必要になることもありますよ。「今度また、こちらを攻撃したら面倒なことになるぞ!」と相手にわからせる必要もある。

そのようなケースは、当事者意識がある人間が、自分たちを守るための予防措置としての報復の場合。しかし、ダメダメ家庭の人間は、そんな当事者意識なんてない。あるのは被害者意識だけ。だから、報復だけが「すべて」になってしまう。相手にわからせるというより、自分自身で納得したり、第3者に主張したりするもの。

だから相手にわからせるも何も、相手を殺してしまったりする。死んでしまったのなら、相手にわからせるためなんて言えないでしょ?自分自身で納得するだけ。

報復することで、自分自身にも周囲の人間に対しても、「自分はコイツらによる可哀想な被害者なんだ!」と主張する。そうやって、被害者認定を勝ち取ろうとするわけ。
それだけではありません。
その報復行為によって、待望の被害者認定を勝ち取ったら、じゃあ何をするの?
だって、「ワタシはあの○○による被害者だ!」と認定できたら、することは決まっているでしょ?
そうなんですね!自分が被害者であると認定できたら、やることは加害者への報復。

つまり、報復することで、自分がかわいそうな被害者だと主張し、自分がかわいそうな被害者と認定できたら、次にすることは、加害者認定したものへの報復。いわば、報復しかすることがない状態。

半分ギャグのような状態ですが、ダメダメの現実って、そうなっているでしょ?

それこそ夫婦間でのドメスティック・ヴァイオレンスなんて、そのパターンの典型でしょ?
「オマエのせいでオレは上手く行かない!」と夫が妻を殴って、妻が「ごめんなさい!」なんて言おうものなら、自分が夫への加害者であることを認めたわけだから、妻自ら認めた加害への『報復』としてやっぱり殴る。
これって、家庭内での児童虐待も、まったく同じでしょ?
なまじっか、暴力を振るう側は、「報復」と思っているので、正当性があると思ってしまっている。だから周囲が何を言ってもムダ。むしろ周囲の「無理解」を正すために、より一層、犯人認定に励んでしまう。

以前に大阪で小学校に突入し、小学生を殺害した人がいましたが、彼にしてみれば、あのような行為も「報復」なんですね。名前も知らない小学生であっても、彼には報復と認識しているわけ、報復と認識することによって、「自分はかわいそうな被害者なんだ!」と主張しているわけです。だから、彼にしてみれば正当性があると思ってしまっている。

あるいは、2001年のアメリカへの同時多発テロも全く同じ。テロをやった人間にしてみれば、「報復」だと思っている。報復行為によって自己主張しているわけ。「オレたちはアメリカによる被害者なんだ!」と自分で確認したいだけ。だから方法もわかりやすいような過激な方法になってしまう。本当にアメリカの資本主義が気に入らないのなら、アメリカ国債を大量売却して、合法的にアメリカ経済を混乱させればいいじゃないの?
しかし、自分自身への確認のための報復行為なので、ハデな方法でないと効果がないわけ。

先日のアメリカでの大学に突入した韓国系の学生による事件でも、まったく同じ。
というか、あまりに典型的な事件ですよね?このメールマガジンの購読者の皆さんも、購読して、ダメダメについての考え方がそれなりに習得されているでしょうから、報道されている犯人の普段の行動なり発言を読んで、「そう言えば・・・このようなことは、あのメールマガジンで書いてあったなあ!」って思ったでしょ?逆に言うと、彼の普段の行動を見れば、暴発する危険は認識できるわけ。
まったく・・・勉強になるメールマガジンだなぁ・・・

あのレヴェルまで行ってしまうと、ちょっとぉ・・・なんですが・・・
皆様のご近所のトラブルメーカーさんでも、やたら他者を犯人認定して、「報復」というか「いやがらせ」にいそしむ人っていたりするでしょ?その点について、周囲から何か言われると「だってぇ・・・ワタシは悪くないわ!」「あの○○が全部悪いんじゃないの!!」なんて涙目で言うだけの人。

そのような人にしてみれば、「ワタシは悪くない!」なんて主張するためにも、「報復」行為をすることによって、他者を犯人認定しようとするわけ。そもそも会話の能力がないので、その「報復」行為も実力を伴ったものになってしまう。
その「報復」の根拠も客観的なものではなく、主観的な妄想なんだからタチが悪い。
それに「報復」認定しているので、自分ではその行為に正当性があると、そして正当性があるがゆえに、いわば義務なり使命感があると、勝手に確信してしまっている。

企業に対するクレーマーも、まさに報復行為。
だから、その人なりの正義感に基づいている。
正義感がだから、いわゆる「落としどころ」もない。
まさに自分が掲げる正義が実現されるために、命を投げ出すわけ。
しかし、だからといって、具体的に「達成」されるものはないでしょ?
その人なりの正義が達成されるという言葉自体はいいとして、それは「悪が排除される。」という二重否定的な状態かもしれませんが、「○○が達成された。」という単純な肯定のスタイルではないわけ。

エーリッヒ・フロムが「自由からの逃走」の中で書く記述を使うと「○○からの自由」は達成されても、「○○をする自由」からは遠い・・・そんな状態。
抑圧的な人間は、自分自身から逃避するための、自らへの被害者認定を求め、他者への加害者認定を求め続けるばかり。
そんな「報復」という観点からみると、ナチによるユダヤ人への迫害も理解しやすいでしょ?

自分がかわいそうな被害者であることを認めさせるために、相手に報復して、自分こそがかわいそうな被害者なんだから、相手に報復する。
そんなスパイラルに陥ったら、確実に行くところまで行ってしまいますよ。

その報復に巻き込まれないためには・・・そんな人を避けるしかない・・・んですが、アメリカの大学の事件のように、現実的には難しい。
せめて、そんな被害者意識の強い人間からは、可能な限り距離を置く・・・くらいしかできないんですね。

しかし、ダメダメ家庭の人間は、まさに「共通の敵」で結びつくことになる。
いざ、トラブル状況になってしまったら、「どうやって、あの○○に報復するのか?」ということばかりを考える仲間が形成されることになる。

「このようなトラブルにならないようにするには、どうすればいいのか?」を考える仲間ではない。
当事者意識があれば、そのような予防や防衛を主とするグループになるわけですが、被害者意識が強いので、報復が主目的のグループとなる。

敵を共通とし、報復が主目的だから、トラブルが再発してくれた方が、実はうれしい。
報復行為の手段は向上し、効率化していくが、まさに、その手の人の本心どおりに、トラブルは多発することになる。

そうして「どうして、いつもこんなことに?!」
「悪いのは全部アイツのせいだ!」
「アイツをやっつけろ!」とますます盛り上がってしまう。

自分たちの問題点が明確になれば、その問題点に自分たちなりに対処するのがマトモなグループ。
しかし、自分たちの外部に問題点を設定し、「アイツが悪いんだから・・・」と勝手に納得して、そして当人としては何もしない・・・それがダメダメなグループ。
そして、自分たちでは何もしないためにこそ、犯人認定した対象に報復行為をして、「このような報復をしなければならないのは、アイツがワタシたちに悪さをしたせいなんだ!」と自分たちで納得するわけ。

報復行為で安直に仲間ができてしまうので、ますます報復行為に熱を入れる。
そんな姿は、たとえば過激な動物保護運動の闘士の方にも顕著に見られるでしょ?
彼らは、動物の保護というよりも、「○○に対抗し、報復する!」ということを掲げていますよね?
そんな対抗心や報復行為によって、自分のアイデンティティができ、そして仲間もできるんだから、まあ、彼らなりには楽しいでしょうね。

ちなみに、この「報復」の発想がより典型的に出ているのは、長崎市での市長銃撃事件の犯人ですね。報復によって、自分が被害者であることを主張する。
彼の思考は、まさにそんなところでしょ?
まあ、警察ではトリガーとなった動機を調べるんでしょうが・・・所詮はトリガーに過ぎませんよ。
彼はクレーマーだし、「ワタシに構って!」だし、妄想への親和性が高い、と絵に描いたようなダメダメ。

しかし、彼としては、その銃撃は「報復」なので、正当性があると思っている。正義のために行動している・・・と勝手に思っているからタチが悪い。
逆に言うと、ご近所のトラブルメーカーさんも、心理的にはあんな面があるわけです。それこそ奈良県の騒音オバサンの発想なり行動も、いわば「報復」でしょ?

「じゃあ、どうすればいいんだ?」
なんて思われるのも当然でしょうが・・・
ホント、何とかして距離を置くしかないんですね。
まあ、せめて事件連発の長崎からは避難した方がいいでしょうね。事件が頻発しているということは、そこにダメダメな発想の土壌があるということ。
個別の問題は解決できても、そんな土壌からは、次々とダメダメの花が咲いてしまうものなんですよ。
ダメダメを改善するよりも、ゼロから作り上げることの方が、はるかに簡単。
まあ、そうしたいのはヤマヤマでも、現実としては、なかなかそうは行かないんですが・・・

ただ、そんな場所からは離れた方がいい・・・なんて現実的な言葉に対し、「それは偏見だ!」「断固抗議してやる!」と、過激な抗議活動をするような人がいたら、それこそが「報復の土壌」を示しているわけ。

よく「報復は何も生まない。」なんて言われますが、報復とは被害者意識に基づいているから、その報復行為が達成できても、更なる報復を生むだけ。
当事者意識があれば、自分の目標が達成しやすい環境で、自分のやりたいことをやるようにするでしょ?

しかし、自己逃避のダメダメ人間は、自分で達成したいこと・・・それ自体が存在しないわけ。だからこそ、報復のスパイラルに浸ることにより、精神的にラクチンになっているわけ。
だって、自分ではなく、相手だけを見つめればいいでしょ?
そして、相手の「あら探し」をして、「ああ!あの○○のせいで!」と嘆き、そして攻撃することで、自己逃避に安住する。「何も生まないからこそ」のラクチンさがあるわけです。
だから、どんどんと報復活動に明け暮れてしまう。

まさにトルストイが「アンナ・カレーニナ」の冒頭で書くように「復讐は我にあり、我これに酬いん。」となるわけです。

(終了)
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発信後記

例のアメリカの大学の事件ですが・・・
非常に大きな事件ですので、次回もそれに関連したお題にするつもりです。
ダメダメの発想がアタマに入っていると、それほど理解するのにも困難さはないわけ。

長崎市の事件は、いつものように・・・実にわかりやすい事件で・・・
こっちの事件は、購読者の皆さんも、その心理がすぐにわかったでしょう?
とにもかくにも、誰かを犯人認定したい!って、なんともわかりやすい発想ですね。しかし、誰かを犯人認定しても、自分の現状はよくならないことは、子供だってわかることですが、それができないのがダメダメというもの。
この報復と意味的に近いのが意趣返しです。その意趣返しについては、「09年5月20日 配信 意趣返し」があります。
R.10/5/30