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カテゴリー ダメダメ土曜講座(表現と作品 編)
配信日 09年11月14日 (10年7月30日 記述を追加)
タイトル 「人の気持ちがわからない」人からのメール
世の中のインターネット・サービスとして、検索のポータルサイトが色々とあります。
まあ、代表的なサイトの一つがYAHOO。
なんでもある時に、検索をかけるとポイントがもらえるとのことだったので、自分のバックナンバーのサイトのタイトルなどを検索にかけてみました。
まあ、「ダメダメ家庭」というような、いわば私の造語だったら、一番上に出てくるのは当然のこと。

しかし、ある言葉で、自分のサイトが上の方に出てきてビックリしたことがあります。
その一つとして「人の気持ちが分からない」という言葉があります。
その言葉自体は、特に珍しいものではないでしょ?

この「人の気持ちが分からない」という私の文章は、割と皆さんに読まれているというわけでしょう。もしかすると、誰かさんが、このアドレスを紹介したのかな?
と言うことで、その「人の気持ちがわからない」という文章をお読みになられた方より、お便りもあったりします。
もちろん、お便りは大歓迎ですよ。

ただ、当然のこととして、その文章を読んで強い印象を受けたということなので、ある種の傾向があったりします。
ということで、そのような点で困っておられる方々が、自分自身を考え直してみるきっかけとなるように、「人の気持ちが分からない」と自称あるいは自覚なさっておられる方からのメールはどんな特徴があるのかについて、ここでまとめてみましょう。

意外に思われる方も多いでしょうが、「人の気持ちが分からない」と自分を認定なさっておられる方は、文章がまとまっているんですよ。
ヘンな言い方になりますが、「非の打ち所がない」文章なんですね。
しかし、「非の打ち所がない」からと言って、じゃあ、「何を言いたいのか?」それがわからない文章でもあるんです。

「非の打ち所がない」って、まさに二重否定表現そのもの。
つまり日頃から減点法で物事を考えていることが想定できるわけ。
自分の文章の「減点面を必死で除去」したわけでしょうからね。
しかし、重要なことは、減点がないことではなく、自分の考えを相手に伝え、そして自分の問題点を解決することでしょ?
じゃあ、その伝えたい思いとは?

実は、その点が、読んでいてさっぱりわからない。
というか、メールの文章を書いた本人でもわかっていないのでは?

そうなんですね!
「人の気持ちがわからない」と自称される方は、「他人の気持ちがわからない」というよりも、「自分自身の気持ち」なり「自分自身の希望」なり「自分自身が直面している現状」がわかっていない。

しかし、自己逃避であるがゆえに、「自分自身のことをわかっていない自分」という自覚が生まれずに、「人の気持ちがわからない」という形で、他者との関わりの中で認識してしまうことになる。
本質的には、「人の気持ちがわからない」という問題は、他者の感情を認識することについての問題というよりも、「自己逃避」の問題であり、「自分への抑圧」の問題になるわけです。
そんな人は、自己逃避であるがゆえに、「人に合わせすぎる」傾向が強い。
だからこそ、その手の人ほど、似たような行動スタイルになってしまっているもの。
まさに「人物を変えて再登場」に近いパターンになってしまう。

じゃあ、具体的に言うと、その手の人とのやり取りはどんな流れになるの?

最初に書きましたが、文章自体は実にまとまっている。
伝えたいことが明確になる前に文章を書き出してしまい、そして、その文章を整理するパターン」のようです。
だから、文章としては、まとまりはいいんだけど、「わかってほしい」という気持ちが入っていない。
文章に一本スジが通っているというよりも、「一見はとおりがよくても、実は中身がない」・・・そんな文言が並んでいたりする。

そして、こちらからの返事を出す前から、メールが次々とやってくることが多い。
一般的なやり取りでは、
相手からのメール → こちらからの返事 → それに対する更なる返事 → それを踏まえての返事 →・・・
そうやって続いていくものでしょ?
ところが、こちらが返事を出す前から、「次々とメールが来たり」するものなんですよ。

私は基本的には、いただいたメールに対する返事は出しますし、あまりに遅れそうだったら、その旨は連絡しますよ。多少は待ってくれてもいいのでは?
次々とやってくるメールの文章は、逆上気味の内容ではないんですよ。前にも書きましたが文章自体は実にまとまりがいい。
しかし、こちらが返事を出す前から、次々と来るので、ちょっとビックリしてしまうわけ。

次々とメールを出すのは、人からの返事をじっくり読む態度ではないでしょ?
「人の気持ちがわからない」と悩む前に、まずは「人の返事をちゃんと受け止める」「人の話をちゃんと聞く」発想を持たないとね。

しかし、それが怖いんでしょうね。
だからこそ「人の気持ちがわからなくなる」のも当然。
本質的に自己逃避なので、逆に言うと、他人のことについては色々と知りたがることになる。それこそ、この私のことについても、色々と聞こうとする。

かと言って、当人の問題意識なり「希望」を抑圧しているんだから、色々と聞かれても「そんなに知りたいのなら、色々と説明するけど、そんなことを聞いて、アナタ自身はどうしたいの?そんなに困っているの?」とコチラが尋ねることになる。
そんな質問を投げかけると、「いえ・・・別に・・・」となってしまう。

経験的に言うと、メールのやり取りなどで、相手のことに過剰なまでに知りたがる人は要注意なもの。本来なら、相手からの文章で、自分に参考になるもの、有益なものを取捨選択して、自分なりに利用すればいいだけ。要は、自分の問題意識や判断が重要でしょ?
しかし、現実逃避なり判断から逃避していると、自分自身よりも相手を見てしまう。
だから、どうしても他者が必要になり、他者の存在に依存している状態となる。
まあ、若干、「入れ込んで」いる状態といえるわけです。

あるいは、そんな人は、自分が主導権をとって何かを説明しようとするもの。
それこそ「陰謀史観」なり、あるいは「○○症候群」とかの客観的で学術的な説明をしたがるもの。

立派な説明をして、「こんな理屈で、ワタシはかわいそうな被害者なのよ!」と言いたいんでしょうが、だからと言って「じゃあ、アナタ自身はどう思っているの?どうだったの?」と聞いてもなしのつぶて。自分とは関わりのない客観はいくらでも語れても、逆に言うと主観は語れない。

自分の身が痛まないマターばかりを語ろうとして、いわば安全圏を確保しようとする。
しかし、それでは問題は解決しないでしょ?
そんな人は質問をするに際しても、その「質問の方向性」がトンチンカン。
事態を理解し、解決するための質問というよりも、「議論のための議論」にフィットした質問になっている。
ただ、「構ってほしい」だけの雰囲気。
常に逃げ場を意識した半身の姿勢。
あるいは、傍観者然とした立ち位置。
だから、「捨てセリフの匂い」がその文章から漂ってくる。

文章自体は非の打ち所がなくても、逆に言うと、各方面に配慮しすぎて、何がなんだかわからない文章ともいえる。
本気でわかってほしいことが自分でも自覚できていないので、「一つの案件を、一つの文章」にまとめることができない。
だからこそ、連続発信のメールで散発的になってしまう。

記述が一般的で5W1Hを踏まえた具体的なものではない。
重要なことが抜けている「記憶耗弱」状態。
そして、結局はトンズラすることに・・・
そして、それが習慣化してしまい、「ちょっとのことでスグにトンズラ」するようになってしまう。

何もこちらからは厳しいことを言ったりするわけではないんですよ。
「で、結局は、どうしたいの?何が言いたいの?」「アナタの文章を読んだ私は何をすればいいの?」そのように尋ねると、対処できないようなんですね。
トンズラするのが習慣化していて、やり取りにおいて「最後を締める」という発想がない。
いわば「テンテンテン」といった形で、「だらぁ〜」とした形で、結論のないまま逃げようとする。
「自分も、相手も傷つけないように、まるで、最初から、こんなやり取りなんてなかったように、いつのまにか消えてしまおう・・・」
そう思っているのかも知れませんが、そんな態度こそが、相手の不快感につながってしまうもの。

それこそ、やり取りの最後には「また後でメールする」なる文句が登場したりするもの。
「しっかし・・・よりにもよって、この私に、そんなウソが通じると思っているの?」とビックリすることに。
もちろん、そんな言葉を出した側は、この私を騙そうとしているわけではないんですね。
自分を騙している」だけ。
自分を騙している姿がミエミエであるがゆえに、やり取りは不快なものになってしまう。
結局は、相手から怒られて、怒られてしまったがゆえに「ワタシは人の気持ちがわからない。」と思うことになる。

そうやって、振り出しに戻ることになる。

何も今まで方を非難しているわけではないんですよ。
人の気持ちがわからないという問題の本質は、自分の気持ちがわからないという問題である・・・そのことを、まずは自覚しないと、自分を騙すテクニックが向上するだけ・・・
そう申し上げているだけです。

(終了)
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発信後記

この「人の気持ちが分からない」という問題の対処としては、「自分の心の声を、しっかり聞く」ことと、「相手の言葉をしっかり受け止める。」・・・この2つが最初に必要になるわけです。

というか、この段階でコケていたら、そりゃ、「人の気持ちがわからない」のも当然でしょ?
何度も書きますが、自己逃避であるがゆえに、自分から逃避している自分というものを認識できないわけ。

自分の声を聞くと、逆に言うと、自分なりに対処しなくてはならない。
しかし、それは「この門より入るもの、希望を捨てよ!」という銘があるダメダメ家庭では、現実的には困難。だから、どうしても自分ではなく外に目を向けてしまう。
そして、外の世界で相手から怒られて、「ワタシは人の気持ちがわからない。」となる。

今週は、やり取りに関する文章を集中的に配信いたしましたが、来週も、やっぱりやり取りに関する文章を配信いたします。
R.10/12/29